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012 講演のお願い

 翼翔がルーターになって十日が経った。

 その間、休むことなく塔へ赴き、決めた時間だけ探索して地球に戻るという生活を続けた。


 懸念していた時差ボケは、いまだ発症していない。

 かえって早く寝る生活になってしまい、睡眠時間が確保できたまである。


 このルーティンならば、問題なくルーター生活を続けられそうである。

 もし問題があるとすれば……。


「取手様、いかがでしょう。これまでに入手されたアイテムを当センターにお売りいただくことはできないでしょうか」


 翼翔の専属となっている曽根(そね)咲夜(さくや)が真顔で迫ってくることくらいだろうか。

「販売って、ガチャアイテムのことですよね。ルーターズサイトに載っているアイテム以外は固定額の買い取りなので、あまり売りたくないかなーって……安いし(ごにょごにょ)」


 買い取り依頼が出ていないなければ、中身に関係なく固定額での買い取りで、値段はかなり安い。

 もっとも、中身は文房具、食器類などの日用品がほとんどであるので、ある意味高額買い取りとも言えるが。


 センターは、そういうアイテムを一般向けに販売している。

 物好きはいるもので、高値をつけても買っていく人がいる。


「さすがに私の一存で買い取り価格を上げることはできませんが、取手様に必要な援助は惜しまないと約束いたします」

 アイテム売却が専属の評価に響くのか、咲夜の圧がすごいことになっていた。具体的に言うと、アイテムを売れと真顔で顔を近づけてくるくらいには。


「そんなにガチャ品を買い取りたいんですか。コモンなんて、日用品がほとんどですよ。無価値だってみんな知っているでしょう。何でそんなに欲しいんですか?」

 翼翔としては、そこが不思議だった。


「中国からの観光客が、あればあるだけ買っていきますので」

「あ~……インバウンド需要ですか」


 ルーターを持たない大国や先進国は存在する。中国もそのひとつだ。

 ゆえにコモンアイテムである白の珠でも、高値を出して、まるでトロール漁船のように根こそぎ買っていくらしい。


 販売は珠の状態であるから、エメス語が分からなければ、中身は何でもいいのかもしれない。

 棚に並べたり、人に自慢したりするのだろう。


「一応、その日に売り場へ出すアイテムは制限してありますが、それでも在庫はみるみる減っているのが現状です」

「……そうなんですね。でも俺も、円ではなくCPを溜めたいんですよ」


 最近、翼翔は毎日、塔0Fの店を眺めて回っている。

 異世界の品はいくら見ていても飽きることがなく、翼翔が欲しいと思わせるものもいくつかあった。


 当然、それらの品はすべてCPで販売されている。

 日本円では、だれも売ってはくれない。ゆえにCPが欲しいのである。


 そしてルーターになって日が浅い翼翔の場合、自らの装備を整えるためにガチャを回す必要があり、店売りの商品を買うほどCPに余裕がない。

 とにかくいまはCPが欲しいし、ガチャも引きたい。センターにアイテムを売り渋るのも当然のことだった。


「この話はここまでにしましょう。……それで取手様、何やらご相談があると電話で伺いましたが?」

 今日、咲夜が翼翔の家にやってきたのは、翼翔が電話をしたからだった。


 翼翔は当初、喫茶店かファミレスで落ち合って相談する予定でいたが、咲夜が「どこでだれが聞いているか分かりません。外で会うのは控えるべきです」と強固に主張したため、家まで来てもらうことになった。


「ええ、相談ですね……やや面倒なことになったので、聞いてもらえますか」

 翼翔はため息をついて、学園祭のテーマとクラスの出し物について話した。



「……というわけで、クラスの出し物が勝手に決まってしまいました」

「学園祭実行委員をなされていたのですね」


「俺が委員に立候補したのは春のことですし、テーマが異界になったのも偶然ですよ。……それで琴姫さんに講演をお願いする……というのはさすがに無理だと俺も思っています」

「まあ……そうでしょうね。センターでもご紹介しにくい案件です」


「ですよね。だからセンターか、文科省の職員を一人派遣してもらって、異界について講演してくれないかと思ったんです」

 もっともいいのはルーターを呼ぶことだが、琴姫でなくても呼べるわけがない。もちろん、翼翔が語るつもりもない。


 それに翼翔が調べたところ、たしかに今年はルーター誕生十周年ということで、文科省肝いりの企画が各地で行われていた。

 地方でもなぜか、塔やルーターにちなんだイベントが行われていた。


「なるほど、そういうことですか。もちろん、異界に詳しい職員は大勢おりますので、派遣することは可能です」

「そうですか。助かります」


「ちなみに取手様のクラスは、講師にどのようなことを求めていらっしゃるのでしょう。異界の研究分野は、この十年でかなり細分化されておりますが」


「そういうのは全然気にしていないんじゃないかな。俺もそうだけど、高校生くらいだと、あまり塔や異世界について知らないんですよ」


 遠い国どころか、遠い世界の出来事である。一生かけてすら、そこへ行くことができない世界について詳しく知っているのは、よほどのマニア以外いない。

 日常的に情報を集めている高校生は少ないのだと翼翔は語った。


「たしかに、日本の首相の名前は知っていても、大臣の名前まで知っている人は少ないのと同じですね。ある程度深い話になると、認知度が急激に下がるのは納得できます。……でしたら、そうですね。肩書きだけ立派な人にご登場願いましょう」


「肩書きが立派な人ですか?」

「塔の専門といえば、文科省にある異界管理局です。ですので、そこの局長を連れていきます」


「局長って、一番偉い人じゃないですか。そんな簡単に言いきっていいんですか?」

「広報業務として予定にねじ込んでおきます。なんとかなるでしょう」


 昨夜は「いえ、絶対になんとかさせてみせます」と怖いことを言い始めた。

「俺としては嬉しいですけど……大丈夫ですか?」


「それはもちろん。大船に乗ったつもりでいてください。それで聞き忘れましたけど、学園祭の日はいつですか?」

 それを先に確認すべきなのではと、翼翔は少しだけ不安になった。


 その後、いくばくかの話をした結果、翼翔はいくつかアイテムを売却することになった。

 業界用語で『バーター』と言うらしい。


          ◯


 文部科学省にある異界対策局に戻った咲夜は、局長の鳥之瀬(とりのせ)吉影(よしかげ)に事の次第を告げた。

「曽根くん。私の予定はだね……キミが勝手に決めていいものではないんだが」


「最初に軽い雑談をしたのですが、彼の意識が異界に傾きつつあることを確認しました」

「そうなのか?」


 吉影は真面目な顔で問いかけると、咲夜は普段の飄々(ひょうひょう)とした態度から一点、真顔で頷いた。

「受験を控えた高校三年生にしては、こちらの将来に対する希望や欲などが薄かったです」


「それは、ままあるのでは?」

 とかくいまの学生は、無欲と無気力が目立つ。


「派手な遊びをするわけでもなく、将来の自分に興味がなく、話と言えばもっぱら塔の中のことばかりです。ルーターになって嬉しいのは分かりますが、それを使って成り上がろうとか、こっちで自分の欲を満たそうという意識が欠けているように感じました」


「……それは問題かもしれないな」

 どちらの世界を主に置くかという話である。


 塔を探索して良いアイテムを手に入れたら、地球で換金して大金持ちになる。一獲千金だ。

 それを目指さず、かたくなにアイテムを売ろうとしない。


 異界が楽しく、毎日探索している様子も伺える。

 これが進めば、地球のことはどうでもよく感じてしまうだろう。


 異界に入り浸れば、地球での友人も減り、色んな人との付き合いが減り、交友関係がなくなれば居場所もなくなってしまう。

 そうなれば、さらに異界に入り浸ることになる。


「今回、学園祭の相談を受けてホッとしました。ああ、まだ大丈夫なのだと」

「つまり彼の興味を持たせるため、ただの職員ではなく私を派遣することにしたのかね」


「はい。それにいつも椅子に座ってばかりだと、運動不足になると愚考いたしました」

「いやな愚考だな」


「上司を思う心優しい部下の心情を汲み取っていただけると幸いです」

「……まあ、予定は開けられると思う。最大で二時間程度だろうが」


「それで十分だと思いますので、なにとぞ調整をお願いします」

「ああ、分かった」


 吉影は難しい顔で、カレンダーに自身の予定を書き入れた。

 たしかに異界(あちら)にのめり込みすぎるのは良くないことだ。


 吉影は、「どうしたものか」と思考を巡らせた。


          〇


 咲夜が翼翔の家を辞してから一時間後。

 翼翔が塔から戻ってきたときに、母親の早苗(さなえ)がちょうど家に帰ってきた。


 早苗は近所の酒類を中心とした小売店で働いている。

「母さん、おかえりなさい。……なんかいつもより早い?」


 普段の早苗はいまより二、三時間は遅い時間に帰宅する。

「社長が町内会の集まりに出るからって、早く閉めたのよ」


 好きなときに閉店時間を決められるのは、個人商店の強みだろう。

 ちなみに店主一人の小売店だが、法人化してあるので、呼び名は社長で間違いない。


「久しぶりに早く帰れたし、家の掃除でもしようかしら……」

 着替えを済ませ、掃除の段取りを考えていた早苗は、ふと思い出したように翼翔に尋ねた。


「ねえ、そういえば来月、おじいちゃんの会社のパーティがあるんだけど、アンタどうする?」

「あ~……パスで」


 この前、弥生(やよい)が持ってきた話だ。

 もちろん、行くつもりはない。


「創業五百年記念ってことで、人を集めて大々的にするみたい。わたしは顔だけ出すけど、アンタは欠席ね」

「うん。それでお願い。お父さんは?」


「賢治(けんじ)さんも欠席よ。行くつもりはないみたい」

「だよなぁ……」


 話は済んだとばかり、早苗は床掃除をはじめた。

 どうやら本当に、聞いてみただけのようだ。


 関西ではかなり大きなグループ会社のようだが、取手家はそれに関わろうとしない。

 いつも通りである。



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