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第6話 教える側

 的の中央に、三つの穴がまとまっていた。


 真帆は銃を下ろして、息を吐いた。止まっている的なら、外さない。問題はそこではなかった。


「狙いは、ぶれてませんね」


 のあが、手元の端末で真帆の射撃を見返していた。練習区画の待機側。小さな背中がまっすぐ伸びている。


「止まってる的なら。動きながらだと、どうしても遅れて」


「じゃあ、遅れるところを見せてください」


 のあは、それ以上何も言わなかった。


(この子、説明が短い)


 真帆は射撃位置へ戻った。千晴がカメラを据え、紗月が前衛の線に立つ。今日は配信ではない。練習の録画だけだ。


「まず、撃たずに動くだけで。紗月さんは、いつもどおり前へ」


 紗月が踏み出した。真帆の前を横切る。真帆はいつものように銃を下げ、紗月が抜けてから、右へ動いて構え直した。


 遅い。自分でも分かった。


「今のは、下げてよかったんです」


「……そこは、ですか」


「紗月さんに当てるわけにはいかないので。変えるなら、その前です」


 のあは床の線を指さした。それから、真帆の隣へ来て、同じ高さから前を見た。


 近い。のあの頭が、真帆の肩の少し下にある。


「半歩、こっち」


 言われたとおり右へ寄る。


「ここなら、紗月さんは左に見えたままです。通ってから場所を探さなくても、こっち側の射線が空きます」


 紗月がもう一度歩いた。真帆は銃を上げる前に、紗月の進む先と、標的の出る場所を見比べた。


 今度は、足を踏み直さなかった。


(……え。これだけ?)


 半歩。それだけで、あれだけ悩んでいた遅れが、消えていた。


「のあの見本も、見ていい?」


 思わず聞いていた。


 のあは標的の動く順を一度だけ確かめてから、何もない空間へ手を入れた。


 闇から、長い魔銃が出てきた。


(何度見ても、どこから出てくるのか分からない)


 手前に一つ、右奥に一つ、左から遅れてもう一つ。その間を、味方役の標識が横切る設定だ。


 開始の音。


 のあは、最初に右奥を撃った。


(え、奥から?)


 手前を先に撃てば、次は味方役と右奥が重なる。のあはその前に、奥を片づけていた。標識が奥へ入る頃には、もう手前へ銃口が移っている。二発目。最後の的が開いた瞬間に、三発目。


 銃口は、ほとんど揺れなかった。


 停止の音が鳴ったとき、三つの的の真ん中に穴が開いていた。味方役の標識は、何事もなかったように戻っていく。


「……先に、奥を撃ったんだ」


 真帆は、的より先に、のあの足元を見ていた。


「最初から、ほとんど動いてない」


「ここからなら、全部見えるので」


 のあは、当たり前のことを言う顔をしていた。


(当たり前じゃないよ。全然、当たり前じゃない)


 千晴が映像を巻き戻し、紗月がのぞき込む。


「構え直しが、ないね」


「うん。撃つ順番が、最初から決まってる」


 真帆は射撃位置へ入った。


 さっきの順番を、頭の中でなぞる。奥、手前、左。速く。のあみたいに。


 構えた腕に、力が入りすぎた。


「真帆さん」


 呼び止められて、顔を上げた。


「速さは、合わせなくていいです」


「……順番も?」


「まず一発、落ち着いて。全部追わなくていいです。さっき紗月さんが動いたところを、先に見てください。今はそれだけ」


 のあは待機側から動かなかった。


 真帆は一度銃を下ろした。足元を見て、左を見る。


「前衛が左から右。私が待つのは、右奥が見える位置」


 声に出してから構える。


 標識が動いた。真帆の見ている範囲に入る。でも今度は、足を動かす必要がない。


 的が出た。撃った。


 真ん中に、穴が開いた。


 残りは追わなかった。のあの三発より、ずっと遅い。でも、止まってから周りを探す、あのいつもの間がなかった。


「今の、迷わず撃ててましたよ」


 のあが言った。


 褒め言葉が短い。けれど、ちゃんと自分を見ていた人の言葉だった。


(この子、教えるの向いてる。本人は絶対そう思ってないけど)


 真帆はノートを開いた。今の立ち位置を忘れないうちに書き留める。表紙には、昨日のうちに大きく書いておいた題名がある。


『のあ先生』


 のあの小さな手が、その上へ伸びてきた。表紙をぺたりと押さえる。


「立つ場所を書いてください」


「え、題名だよ」


「立つ場所を」


 隠しているつもりらしい。耳まで赤かった。


(……かわいい)


 真帆は笑いをこらえて、題名の下に立ち位置の図を描いた。のあの手は、描き終わるまでどかなかった。


 *


 あの練習から、のあはよく仕事部屋に来るようになった。


 来る理由は、だいたいある。動画を見る。素材を見せる。練習日を決める。


 ある日、理由がなかった。


「これ、よかったら」


 のあが机に置いたのは、焼き菓子の大袋だった。駅前の店のものだ。


「ありがとう。……今日、何か見るものあった?」


 真帆が聞くと、のあは少し黙った。


「……ないです」


「そっか」


 それ以上、誰も聞かなかった。千晴がお茶を入れて、紗月が明日の予定の話を始める。のあは机の端に座って、菓子の袋を開けた。


 途中で、紗月が納品の時間で迷っていた。


「明日、午後は混むかな」


「あそこは午後、待ちますよ。早めがいいです」


 のあが口を挟んだ。紗月が、やっぱりか、と予定を動かす。


 のあは、また菓子を一つ取った。


(何の用もないのに、来てくれた)


 真帆は、それに気づかないふりをした。


 帰り際、のあが戸口で振り返った。


「……では、また」


「うん。またね」


 小さな背中が、角を曲がって見えなくなった。


「野良猫、懐いてきたね」


 千晴がささやいた。紗月が、しーっと唇に指を当てる。


 真帆は、机の上に残った菓子の袋を見た。四人で食べて、ちょうど一つ残っていた。


 *


【暗闇】のあ(狙撃)の配信を語るスレ その2


1:名無しの探索者

暗くて何も見えないのに毎回見てしまう狙撃配信について語るスレ

前スレは寝落ち勢で埋まりました


8:名無しの探索者

前スレ見たけど、みんな寝る前に流してて草


12:名無しの探索者

発射音が「トッ」しかしないのが良い

あとたまに服が擦れる音


15:名無しの探索者

救助回の切り抜き、再生数やばいことになってる

上から一発ずつ落としてくやつ


19:名無しの探索者

>>15

でかいトカゲの首の後ろ抜いたとこ何回見ても意味わからん


23:名無しの探索者

前回、右上の岩にトカゲいるの教えたの俺

「助かりました」って言われた


24:名無しの探索者

>>23

自慢か

うらやましい


28:名無しの探索者

灯り火の配信で千晴ちゃんが言ってた「最近よく来る野良猫」

あれ、のあちゃんでは?


31:名無しの探索者

>>28

救助したの灯り火だしな

野良猫説、濃厚


33:名無しの探索者

声しか知らないけど、なんか小さそう


34:名無しの探索者

>>33

救助回で千晴ちゃんが「小さい」って言ってたの拾われてたぞ


38:名無しの探索者

野良猫がお菓子持って遊びに来るって話、尊い


41:名無しの探索者

俺たちは野良猫の狙撃を見て寝る

灯り火は野良猫に菓子をもらう

世界は平和


 *


 その日の夜、千晴が端末を見て、声を上げた。


「わ。鳴海悠斗から連絡来てる」


「鳴海?」


 紗月が顔を上げる。真帆も名前は知っていた。探索の解説動画で有名な配信者だ。道具の使い方を分かりやすく見せる、初心者向けの企画が多い。


「共演の打診だって。初心者向けの講座、灯り火で出てくれませんかって」


 千晴の声が、少し弾んだ。


「こういうの、やってみたかったんだよね」


 真帆も、胸が少し高鳴った。自分が直した立ち位置のことを、誰かに説明できるかもしれない。


 千晴が文面を読み進めて、止まった。


「……あと、これ」


 画面をこちらへ向ける。


『それと、最近話題の「野良猫」さん。もしご縁があれば、ぜひ一緒にご出演いただけませんか』


 真帆は、のあが帰っていった戸口を見た。


(……のあ、絶対嫌がる)


 端末の画面の上で、鳴海の笑顔のアイコンが光っていた。

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