↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/102

第57話 続け方の棚

 白い棚の前で、のあは十分近く動かなかった。


 上から二段目に、ゴブリンの小像が五体並んでいた。ハウンドドッグが二体。その横に、猫が一体。


 ゴブリンを一体ずつ手に取って、光にかざした。棍棒の角度。耳の欠け方。台座の石の、奥の光り方。


(全部、同じだ。……いや、同じじゃない。一体目は、一体目だ)


 遺構の地下、光る苔の下で、初めて手のひらに載った一体。それを台座に戻して、残りの四体を布に包んだ。ハウンドドッグは、耳の倒れ方がいいほうを残した。


(ダブりは、ダブりだ。前の人生でも、ダブりは交換に出してた)


 飾る分以外は、売る。


 布の包みを五つ、箱に詰めた。送り先は、北の国。リーヴが、向こうの召喚士たちにまとめて渡してくれることになっていた。


 入金は、四日後だった。ゴブリン四体とハウンドドッグ一体で、三十四万円。手数料を引いて、三十三万二千円。


(窓口で売るより、二割高い。……リーヴの顔が浮かぶな。欲しい物には正直な人だ)


 のあは、その額を見て、口元が緩むのを我慢しなかった。


 使い道は、もう決めてあった。


 *


 灯り火の仕事部屋の壁際に、新しい棚が立った。


 鍵つきの、背の高い金属の棚だった。千晴が中古で見つけてきて、真帆と二人で脚の高さをそろえた。扉に、紗月の字で札が一枚。


『装備の貸出棚』


 中には、工房の中古の胸当てが三着、大きさ違いで。小盾が二枚。片手剣の予備が一本。手袋と膝当ての組が五つ。ヘッドライトが四つ。救急の箱が三つ。


 初期費用、二十一万六千四百円。


「残りの十一万五千六百円は、会のご飯代と、冊子の印刷に回すね」


 真帆が、帳簿の一行目を書きながら言った。記録と会計は、クランを作った日から真帆の担当だった。


 棚の横には、決まりが貼ってあった。


 貸すのは二週間。延ばすときは、一言。壊したら、言う。弁償は、いらない。ただし、言う。


「壊したら言う、が一番大事なんだよね」


 千晴が言った。


「言わないで隠して、同じ壊れ方でまた怪我するのが、一番もったいないから」


(……壊れた装備を隠して、高い店で直して、また休めなくなる。どこかで聞いた話だ)


 のあは、何も言わずに棚の鍵を紗月に渡した。


 鍵を受け取るのは、運営の窓口だ。紗月は、鍵に小さな鈴のついた紐を通した。


 *


 月に一回の「帳簿の会」は、日曜の夕方、カフェ・マーサの奥の席を借りて始まった。


 集まったのは、五人だった。足首にまだテーピングを巻いた蓮。春に寮を出るまどか。蓮が当番で一緒になる、Dの二人。それから、すず。


「すずは、帳簿、つけてるでしょう」


「つけてます。……数えるのは、得意なので」


(知ってる。お前が一番、数えてる)


 真帆が、白い紙を配った。線で三つに区切ってある。


 入ったお金。出たお金。次に壊れそうな物。


「三つ目、何ですか」


 まどかが聞いた。


「のあの案」


 真帆が、のあを見た。のあは、紙の三つ目の欄を指さした。


「壊れてから直すと、高くつきます。即日の店しか選べなくなるので。壊れそうな物が先に分かれば、安い店に、休みの日に出せます」


(予防保全の予算化、なんて言っても通じない。……言い方を変えろ、俺)


「胸当ての革が裂けそうとか。盾の縁がぐらぐらするとか。書いておくだけでいいです。書いたら、ここで一緒に考えます」


 蓮が、自分の紙の三つ目の欄に、大きな字で書いた。


 盾。全部。


 Dの二人が、吹き出した。蓮は、にこりともしないで言った。


「割れたんだよ。全部」


「貸出棚に、小盾が二枚あります」


「……借りる。二週間」


「延ばすときは、一言」


「分かってる」


 まさねぇが、奥から鍋を運んできた。カレーだった。


「はい、一人六百円。材料費だけよ。払えない子は、皿洗い」


 のれんの奥から、ゆーくんが小さな手提げ金庫を持って出てきた。テーブルの端に置いて、何も言わずに戻っていく。


「……金庫番さん、出てきた」


 ルカが小声で言った。


「帳簿の会だもの。お金のことは、あの人の管轄」


 蓮が、硬貨を六枚、テーブルの端にそろえて置いた。すずが、その隣に同じように六枚置いた。


 まさねぇは、両方に「はい、確かに」と言った。


 食べ終わるころ、まどかが紙の一つ目の欄を指でつついた。


「あたし、入ったお金の欄に書けるの、まだ当番の分だけなんすけど。……あ、そうだ。部屋、審査通りました。三枝さんに言ったら、泣きそうになってた」


「泣いてないよ」


 入口の近くの席で、紗月が言った。会の手伝いに来て、ずっと皿を運んでいた。


「泣きそうって言ったんすよ」


 蓮が、自分の紙を、のあの前へ滑らせた。


 入ったお金の欄に、一行増えていた。共済の休業給付、十二万六千円。


「半分、返す。五万二千。残りは、月一万」


「一括でも、いいですけど」


「一括にしたら、来月の修理代がなくなる。……三つ目の欄に、書いてあるだろ」


 三つ目の欄に、太い字で、胸当て、と書き足されていた。


(……使い方、分かってるじゃないか)


「わかりました。それで」


 のあは、蓮の紙の端に、受け取った額を小さく書いた。


 *


 会の中身は、千晴とミレイが一本の動画にした。


 題は、『新人の装備と収支――続けるための三つのこと』。


 名前は出さない。顔も出さない。施設のことも、寮のことも、一言も入れない。のあの声で、架空の「Aさん」の一か月の数字を読み上げるだけの動画だった。数字は、蓮の十一月と十二月を、本人の了承を取って、丸めたものだった。


 決まった巡回の仕事が、月に二十七日。修理は即日で七万一千円。怪我で三週間ゼロ。共済の休業給付、未申請。


『一日単位では、計算は合っています。月単位で見ると、合いません』


 のあの声は、いつもどおり平らだった。


『登録のときの冊子の、十四ページを見てください』


 公開から三日で、再生は四十二万回を超えた。


『共済の休業給付、知らなかった』


『冊子出してきた。十四ページ本当に書いてあった』


『即日修理が高いのは知ってる。でも休めないんだよ』


『その「休めない」を、保険料って呼んでるのが刺さる』


『ASMRかと思って流したら家計簿だった』


『キモいの人が金の話してる』


『よーく見ると、赤字』


(……最後のやつ、誰だ)


 掲示板にも、スレッドが立った。


【新人】装備費と収支、みんなどうしてる?スレ その3


12:名無しの探索者

例の家計簿動画見た

俺も先月、即日の店に四万払ってた


15:名無しの探索者

>>12

「壊れそうな物」の欄つけるだけで変わるの、分かる

壊れてから探すと、選べないんだよな


19:名無しの探索者

協会の整備窓口、三日かかるけど安いぞ

あと工房によっては代わりの防具貸してくれる


23:名無しの探索者

こういう話、誰も教えてくれないんだよ

先輩いないやつは、全部自分で踏む


27:名無しの探索者

>>23

それを動画にしたのが、一番でかい


31:名無しの探索者

あの狙撃の子、暗いとこで撃ってるだけじゃなかったんだな


 *


 動画の翌週、相原から連絡が来た。


『窓口に、共済の申請が、先週だけで三十件来ました』


「多いんですか」


『普段は、月に四、五件です』


 相原の声は平らだった。けれど、少しだけ速かった。


『新人向けの冊子に、一枚目として「困ったときの窓口」を入れることになりました。共済、整備窓口、住宅相談の提携一覧。それと、当番の予定表にも同じ紙を挟みます』


「十四ページじゃなくて、一ページ目に」


『はい。一ページ目に』


 相原は、少し黙った。


『……本当は、こちらが最初からやるべきことでした』


 のあは、何も言わなかった。


(窓口に来た人にしか渡さない一覧。誰も読まない十四ページ。……作った人たちは、たぶん、読まれると思ってたんだ)


「ありがとうございます」


『お礼を言うのは、こちらです』


 通話が切れた。


 *


 夜、部屋の棚の前で、のあは一体だけ残ったゴブリンの台座を、少しだけ斜めに向け直した。


 ゴブリンと、ハウンドドッグと、猫。空いた台座が、まだ二つある。


 端末が鳴った。


 北の国の時間では、まだ昼のはずだった。


『小像、確かに受け取りました。みんな喜んでいる。売ってくれて、ありがとう』


 短い日本語だった。少しだけ硬い言い回しが、あの人の声で聞こえた。


 もう一行、続いた。


『春に、会うことになりそう』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。