第56話 一発で稼ぐな
「北管理区、来られますか。人を探します」
のあが電話で言うと、すずは一秒で答えた。
『行きます。二十分で』
「入口の待合で。装備は、いつもの」
『はい』
通話を切ると、紗月がもう自分の端末を耳に当てていた。
「千晴? 北管理区の入口。搬送の道具、一式持ってきて。真帆にも連絡。……うん、救助。詳しくは向こうで」
紗月は電話を下ろして、のあを見た。
「私たちは、入口で待つ。中に入るのは、のあとすずちゃん。それでいい?」
「はい。出てくるときに、手が要ります」
「任せて」
(聞かない。何の依頼で、誰がどうして、を。……今は、それが一番ありがたい)
*
北管理区の窓口で、依頼の控えを見せてもらった。
採掘路の奥、グレイトホーンボアの群れの駆除。推奨、Cランク以上、三名以上。受注者は一名。日向蓮、D。入域は十一時二分。
今は、十五時を回っていた。帰還の報告はない。
(Dは、一つ上のランクまで受けられる。規定の上では、受けられる依頼だ。……規定の上では)
待合の入口に、灰色の上着が駆け込んできた。
「師匠」
「採掘路の奥です。人が一人、中にいます。四時間」
すずの顔が、少しだけ固くなった。それから、道具袋の紐を締め直した。
「分かりました」
のあは、胸元のカメラに触れた。
「――配信、始めます。北管理区、採掘路の奥です。救助です。記録のために回します」
『救助?』
『ドローンは?』
「なしです」
『ドローンなし』
『ガチのやつだ』
『二号ちゃんもいる』
*
採掘路は、奥へ行くほど天井が低くなった。
壁に、新しい傷が何本も走っていた。角でえぐった跡だ。床には、盾の破片らしい金属の欠けが一つ落ちていた。
すずが、のあの半歩前で止まった。目を閉じる。
「奥、大きいのがたくさん。……五つ、六つ。ぐるぐる回ってます」
「ほかには」
「その手前に、一つ。小さく動いて、止まって、また動いてます」
(小さく動いて、止まる。……隠れてる人間の動き方だ)
「人だと思います」
「はい。私も、そう思います」
『二号ちゃんの察知、今日も正確』
『ぐるぐるって何』
『囲まれてるってこと?』
採掘路の先が、広い窪地になっていた。
のあは右手の岩棚に上がって、伏せた。
窪地の奥の壁に、縦の割れ目があった。人が一人、やっと入れる幅。その前を、ボアが六頭、ゆっくり回っていた。硬い毛に覆われた背中が、照明の届かないところで黒く光っている。
その中に、一頭だけ、ほかの倍の大きさの影がいた。
大きな影が、割れ目へ向かって頭を下げた。突っ込む。
岩が鳴った。割れ目の縁が、少し崩れた。
割れ目の奥で、何かが身をよじった。欠けた小盾の縁が、ちらりと見えた。
(いた。……生きてる)
『奥の割れ目、誰かいる』
『盾見えた』
『これ、ずっと突っ込まれてたのか』
「すずは、ここ。後ろの通路を見ていてください。何か動いたら、方向と、見えたかどうか」
「はい」
すずは岩棚の下の、通路と窪地の両方が見える柱の陰に入った。
のあは影から魔銃を抜いた。
息を、吐き切る。
*
最初に、ミラージュを立てた。
割れ目から一番遠い、窪地の反対側。のあと同じ形の影が、壁際に一つ。
回っていた六頭のうち、三頭がそちらへ頭を向けた。一頭が地面を蹴る。
蹴った瞬間、首の後ろの、毛の薄い継ぎ目が開いた。
一発。
一頭目が、幻の三歩手前で崩れた。
二頭目と三頭目は、仲間が倒れた場所を見て足を止めた。止まった瞬間、頭が下がる。
二発。三発。
『は』
『三頭』
『止まったとこ全部撃ってる』
残りの二頭が、割れ目の前から離れなかった。一頭が、割れ目へ鼻先を突っ込もうとする。
のあは、割れ目の縁の岩へ撃った。
闇が、弾を横へ曲げる。跳ねた弾が、鼻先を突っ込んだボアの耳の後ろへ入った。
四発目。
五頭目は、逃げた。窪地の奥の、細い通路へ。
(逃がさない。……戻ってきて、次の人を突く)
のあは短刀を横へ振った。闇をまとった三日月が、見えないまま窪地を渡って、逃げる背の付け根を裂いた。五頭目は、通路の入口で転がって動かなくなった。
『逃げたのも落とした』
『容赦ない』
『救助回のときの、この人の容赦のなさ』
「左の上、もう一つ動きました」
柱の陰から、すずの声が飛んだ。
「……今、止まりました。分からないです」
のあは左上を見た。窪地を見下ろす岩の段。岩しかない。
止まっている相手は、すずには分からない。そこから先は、目の仕事だ。
『左上の段、角の先っぽ見えた』
ゴーグルの端に、その一行が流れた。
(いつもの人か。……目が、二つ増えてる)
角の先が、岩の段の縁から、ほんの少し出ていた。若いボアが一頭、飛び降りる前の姿勢で固まっている。
五発目。
若いボアは、段の上で伏せた。
「助かりました。二人とも」
『二人とも?』
『俺と二号ちゃんで共同作業』
『常連、弟子と組んでて草』
*
大きな影だけが、残っていた。
大型は、仲間が倒れても割れ目の前から動かなかった。のあのほうを見もしない。額を岩に擦りつけ、角で割れ目の縁を掻いている。中にいるものを、掻き出そうとしている。
正面から撃てば、角と額で弾かれる。首の後ろは、岩棚からは見えない。
(ゴンちゃんがいれば、盾で受けて、首を上げさせる。……今日は、盾がない)
大型が、後ろ脚で地面を掻いた。二度。三度。
突っ込む前の癖だった。
(盾はない。……でも、岩がある)
大型が、割れ目へ向かって突進した。
角が、岩に当たった。割れ目の縁が、それを受け止めた。ボアの体が、岩に押し返される。押し返された首が、上を向いた。
硬い毛の下、喉元の、皮の薄いところが。
息を吐き切った。
六発目。
大型は、割れ目の前で、ゆっくり膝を折った。角が岩に当たったまま、崩れるように横倒しになった。
窪地に、音がなくなった。
『……』
『六発と一振りで七頭』
『盾の代わりに岩使った?』
『倒れたの、割れ目の目の前』
のあは岩棚を下りた。すずが柱の陰から出てきて、後ろの通路を振り返った。
「後ろ、何も来てないです」
「はい」
割れ目の前まで歩いて、のあは中へ声をかけた。
「日向さん。のあです」
割れ目の奥で、荒い息がした。
「……なんで、あんたが来んだよ」
「窓口で、控えを見たので」
のあは、胸元のカメラに手をかぶせた。
「ここで、切ります。救助は済みました。お疲れさまでした」
『お疲れ』
『よかった』
『映さないでくれるのえらい』
画面を閉じた。
*
蓮は、割れ目から這い出てきた。
左の足首が、腫れていた。太ももの外側にも、角がかすった跡がある。小盾は、縁から真ん中まで割れていた。胸当ては、まだテープのままだった。
のあは、手を出さなかった。
すずが、半歩前に出た。
「肩、貸します」
「……いい。背、足りねえだろ」
「足ります。荷物なら、もっと重いの運んでます」
すずは、蓮の返事を待たずに、蓮の左側へ入った。蓮は少し迷ってから、すずの肩に手を置いた。そっと。ほとんど体重をかけないで。
(……すずは、触れる。俺は、触れない。役割分担だ)
のあは、割れた小盾を拾った。
「工房、行かなかったんですね」
「……行こうと思ってた。朝、窓口の前通ったら、あの依頼が貼ってあった」
蓮は、足を引きずりながら言った。
「四十八万。あれ一件で、あんたに全部返せると思った。家賃も、残りの修理も。……一発で、全部」
のあは、足を止めた。
「一発で稼ごうとしないで」
蓮が、こちらを見た。
(……一発しか撃たない俺が言うのも、あれだけど)
言ってから、自分でも少しおかしかった。けれど、言い直す気はなかった。
「私は、一発撃つ前に、何時間も待ってます。場所を選んで、逃げ道を決めて、撃たない日もあります。……一発に見えるのは、画面に映るところだけです」
蓮は、答えなかった。すずの肩に置いた手に、少しだけ力が入った。
*
入口では、紗月と千晴が、搬送用のそりを広げて待っていた。
「はい、乗って乗って。足、上げとこうね」
千晴の声は、いつもより明るかった。わざとだと、のあには分かった。真帆は窓口に走って、救護を呼んでいた。
救助の記録は、一行で窓口に残った。
蓮の依頼は、途中放棄の扱いになった。違約金は、報酬の一割。四万八千円。
窪地のボアは、七頭とものあの討伐で記録された。魔石と素材の買取は、二十三万四千円。
(この数字は、今は見せない。見せたら、こいつはまた一発で稼ぐ夢を見る)
のあは、明細を閉じた。
救護室の寝台で、蓮は足首を固定されていた。捻挫で、骨は無事。二週間。共済の給付の申請書は、今度はその場で渡された。
すずと灯り火が、廊下で待っていた。
のあが部屋を出ようとしたとき、後ろから声がした。
「……のあ」
振り向くと、蓮は天井を見ていた。
「教えてくれ」
少し、間があった。
「稼ぎ方じゃなくて。……続け方」




