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第50話 包装できない

「はい、灯り火です。今日は、手元だけの回でーす」


 千晴のカメラは、仕事部屋の机を真上から映していた。


 机の上に、包装紙の筒が六本。リボンの束。箱と袋が、山になって積んである。画面の端から、いろんな手が出たり引っ込んだりしていた。


「今日はね、知り合いの子どもたちへの、クリスマスの贈り物を包みます。どこの子たちかは、内緒。サンタさんの守秘義務なので」


『守秘義務www』


『手元だけの回きた』


『この回を待ってた』


『手が五本以上ある』


「五人と、ゲストが一人います。はい、ゲストさん」


 画面の右端に、太い指が現れた。桃色の糸を通した針を、つまんでいる。


「ゴンちゃんよ。今日は縫う係」


『ゴンちゃん!』


『オネエ軍団の盾の人だ』


『指太っ』


『その指で針持てるの!?』


「持てるわよ。見てなさい」


 ゴンちゃんの手元で、緑色のフェルトが、みるみる形になっていった。


 *


 手本は、机の真ん中の小さな台座に載っていた。


 ゴブリンの小像だった。のあの部屋の棚から、今日だけ連れてきた。高さ五センチ半の、鼻の穴まで彫ってあるやつ。


『本物だ』


『キモいの実物』


『よーく見ると』


『キモい』


『コメント欄が完全に訓練されてる』


「言わなくていいです」


 のあの声が、千晴のマイクに入った。


 ゴンちゃんは、小像を横から見て、正面から見て、それからフェルトの耳を少し大きめに切った。


「本物のままだと、ちっちゃい子が泣くのよ。耳は大きく、目は丸く。歯は、一本だけ欠けてるのを残す」


「……そこは、残すんですか」


「そこが可愛いのよ」


 出来上がった一体目は、本物の小像よりも大きな、ゴブリンのぬいぐるみだった。耳が大きく、目が丸い。口の端から、欠けた歯が一本だけのぞいている。腹には、ちゃんとへそが縫ってあった。


『へそwww』


『へそまで再現』


『キモかわいい』


『欲しい』


『売って』


「売り物じゃないのよ。サンタさんの分だけ」


 ゴンちゃんは、二体目の生地を切り始めた。灰色の、ハウンドドッグ。その横には、金色の生地も畳んで置いてある。


 材料費は、フェルトと綿と糸で三万一千二百円。のあが払った。手間賃は、ゴンちゃんが最後まで受け取らなかった。


「アタシの趣味に、材料費まで出してもらってるのよ。これ以上もらったら、バチが当たるわ」


 昨日の夜、店でそう言われた。まさねぇまでうなずいていたので、のあは引き下がった。


(借りだ。……でかい借りだ。何で返すか、あとで考える)


 *


 買ってきた品は、全部で三十八個あった。


 絵本が九冊。色鉛筆と、少しいいノートと、布の筆箱。カードゲームと、四人で遊べる盤のゲーム。市販のぬいぐるみが六つ。探索者の見習い向けの、子ども用の小さな灯りと、協会の売店にしかない紋章のワッペン。


 ゴンちゃんのぬいぐるみを足すと、四十を少し超える。


 明細は、全部で二十六万四千八百円。包装紙とリボンが、八千四百円。材料費と合わせて、三十万四千四百円。


 いつもなら、明細を見ると口元が緩む。今回のは、出ていく側の明細だった。


(出ていく明細を見て、嫌じゃないのは、初めてかもしれない)


「予算、言っていい?」


 千晴がカメラの外で聞いた。


「言いません」


『S様の財布』


『いくらなんだろ』


『箱の山、どう見ても万単位じゃない』


『S様サンタ』


「サンタさんです」


『サンタさんが自分で言ったぞ』


 *


 問題は、包むほうだった。


 のあは、絵本を一冊、包装紙の上に置いた。千晴が最初に見せてくれたとおりに、紙の端を本の縁に合わせる。折る。テープで留める。


 反対側を持ち上げたところで、紙が、足りなかった。


 本の縁から、指一本分、紙が届かない。


『足りてない』


『紙が足りてない』


『切るの小さかった?』


 のあは紙を外して、もう一回り大きく切った。今度は、紙が余った。余った分を折り込もうとしたら、角が三重になって、膨らんだ。


 膨らんだ角を押さえると、紙が、ぱり、と鳴って裂けた。


『ぱり』


『今の音』


『紙の音ASMR』


『ぱりっ……(沈黙)』


『沈黙が長い』


(何でだ。寸法は合ってるだろ。理屈は分かってるんだよ)


 隣で、すずが二冊目を包み終えていた。


 角が、きっちり揃っていた。テープは、どれも同じ長さで、同じ位置に貼ってある。千晴に一回教わっただけなのに。


『二号のほうが上手い』


『二号、角ぴったり』


『師匠……』


『弟子に負ける師匠』


「……すずは、手先が器用なので」


「のあさんは、急いで折ってます」


 すずが、小さい声で言った。


「角のところ、一回、押さえてから折ると、膨らまないです」


『弟子の指導入った』


『師弟逆転』


 のあは、黙って三枚目の紙を切った。


 *


 紙は、どうにかなった。千晴が「ここを先に三角に折るの」と、自分の手でもう一度見せてくれた。四冊目で、角が膨らまなくなった。


 真帆は、包む前の品を一つずつ撮って、小さな札を作っていた。中身の写真と、番号。包み終えた箱に、リボンで結びつける。当日は、包みを開けなくても、札を見て選べる。


『真帆ちゃんの札、几帳面』


『中身見て選べるの、いいな』


『開ける楽しみと選ぶ楽しみ、両取りだ』


 リボンが、どうにもならなかった。


 輪を作る。反対側を回す。くぐらせる。引く。


 ほどけた。


 もう一度。輪を作る。回す。くぐらせる。引く。


 縦になった。蝶の羽が、上と下を向いている。


『縦結び』


『縦になってるw』


『三回目』


『四回目』


 五回目は、ほどけた。六回目は、輪が片方だけ大きくなった。七回目で、リボンの端を自分の袖ごと結んでいた。


『袖www』


『袖を包装するな』


『狙撃は一発なのにリボンは十回』


『まだ七回』


『予言すな』


(うるさい。……八回目で決める)


 八回目も、縦になった。


「のあ」


 隣の椅子に、紗月が座った。


 肩が近かった。袖をまくった腕が、のあのすぐ横にある。のあの背中が、勝手にまっすぐになった。


(近い。いや、教えるなら、この距離だ。普通だ。落ち着け)


「私のを、見てて。同じ向きで」


 紗月は、自分の前に箱を一つ置いて、のあと同じ側からリボンを持った。触れてはこなかった。ただ、同じ速さで、手を動かした。


「輪を作ったら、そっちの指で、根元を押さえる。押さえたまま、上から回す」


 のあは、紗月の指を見た。長い指が、ゆっくり動いた。


「下から、くぐらせる。……ここ、引く前に、輪の向きを見る」


「向き」


「縦になるのは、回す向きが逆だから。上から回したら、下からくぐらせる」


(上から回して、下から。……理屈は、それだけか)


 九回目。押さえる。上から回す。下からくぐらせる。向きを見る。引く。


 縦だった。


「惜しい。回したの、下からだったよ」


 十回目。


 押さえる。上から、回す。下から、くぐらせる。向きを見る。


 引いた。


 蝶の羽が、左と右に、開いた。


『できた』


『十回目』


『予言者いた』


『狙撃は一発なのにリボンは十回(確定)』


『拍手』


『手元だけの回、神』


『すごい、ちゃんと横』


『紗月さんの教え方が一番神』


「……できました」


「うん。できたね」


 紗月は、それだけ言って、自分の箱に戻った。目尻が、下がっていた。


 のあは、横向きの蝶を、しばらく見ていた。形は少しいびつで、左の輪のほうが大きかった。


(……これで、いい。これは、俺が結んだやつだ)


 コメントの流れの中に、一行だけ、毛色の違うものがあった。


『今日も寝る前に流すわ。……よく結んだわね』


 誰の書き込みか、名前を見なくても分かった。


 *


【暗闇】のあ(狙撃)の配信を語るスレ その51


4:名無しの探索者

灯り火の贈り物配信見た人いる?


7:名無しの探索者

>>4

リボン十回の人

予言した奴が一番の勝者


10:名無しの探索者

紙が「ぱり」って裂けたあとの沈黙、十秒あった

ASMR勢歓喜


13:名無しの探索者

二号が角ぴったりで包んでたの、地味にすごい

師匠より上手いの草


15:名無しの探索者

ゴンちゃんのゴブリンのぬいぐるみ、へそまであった

あれ売ってくれ


18:名無しの探索者

>>15

サンタさんの分だけだってよ


21:名無しの探索者

知り合いの子どもたちって誰なんだろうな


23:名無しの探索者

>>21

詮索すんな

守秘義務って言ってただろ


26:名無しの探索者

箱の数、四十ちょっとあった

S様の自腹かな。額は言わなかったけど


29:名無しの探索者

リボンが横になったときの「……できました」

声が半音上がってた


31:名無しの探索者

>>29

だから声の音程で測るな


 *


 その夜、のあは部屋の明かりを点けて、上着のポケットからゴブリンの小像を出した。


 白い棚の上の、三段の飾り台。その一番上の段の、黒いフェルトの台座に戻す。


 その隣に、金色の猫がいた。


 斑点のある毛並み。頭の上の、二枚の大きな耳。右の耳は前へ、左の耳は少しだけ後ろへ向いている。


 のあは、しばらく猫を見ていた。


『……猫の、持ってる?』


 下駄箱の陰の、小さな声を思い出した。


 あのとき、のあは「持ってます。家に」と答えた。女の子は、「そっか」とだけ言った。見せて、とも、欲しい、とも言わなかった。擦り切れた猫の絵本を胸に抱えたまま、階段を上っていった。


 あとで園田が教えてくれた。ひなちゃん。八歳。二年生。猫の本ばっかり読んでるのよ、と。


 今日、ゴンちゃんが縫った金色のぬいぐるみは、二つだけだった。


 のあは、棚の猫の耳に、指を伸ばしかけた。


 触れる前に、手を止めた。

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