第43話 周回配信
「――配信、始めます。今日は、浅層の周回です」
『周回?』
『のあちゃんが周回?』
『何狙い?』
「小像です」
『あっ』
『察し』
『ニュースでやってたやつだ』
『物欲の人になってる』
(物欲の人ってなんだ。……否定はしないけどな)
北管理区の異界型ダンジョン、浅層。朝の九時。
のあの右上、天井近くに、小さな機械が一つ浮いていた。
『待って』
『ドローンある!?』
『のあちゃんがドローン!?』
『「見つかるので」はどこへ』
「今日の相手は、見つかっても困らないので」
昨日の夕方、装備店の中古の棚で買った。型落ちの追尾型で、五万八千円。
(小像一個の値段にも届かない。安いもんだ。……安いと思ってる時点で、もう何かがおかしい)
周回は、同じ区画をぐるぐる回る。胸元のカメラだけだと、三時間、同じ岩壁と手元しか映らない。ミレイに言われた。周回は画が単調になるから、横から撮る目を一つ足しなさい、と。
のあは、ドローンを薄い闇で包んだ。撮影ランプの光を隠す。羽音も、少しだけ沈める。
ドローンから届く横の映像は、暗くなった。
『ドローンの映像も暗い』
『買っても暗い』
『いつもの画角が二つになっただけ』
「横から、少し見えます」
『少し』
『目を凝らせば、黒い人が黒いところにいる』
(見えてるじゃないか。十分だ)
*
最初の一体は、角を曲がってすぐのハウンドドッグだった。
一発。灰色の体が伏せる。霧になって、消えていく。
後に残ったのは、魔石が一つだけだった。
のあは、しばらくその場所を見ていた。
『何も出ない』
『そりゃ一体目では出ない』
『今、三秒くらい見つめてた』
「見つめてません」
二体目。三体目。通路の奥から出てきたビッグアントの二体。五体目、六体目。
魔石が、袋の中で音を立てて増えていく。
小像は、出なかった。
一時間で、四十一体を倒した。
『ペース速すぎ』
『一撃で次、一撃で次』
『作業の音が心地いい』
『カチッ……トッ……コロン(魔石)』
『寝そう』
(寝るな。一緒に物欲と戦え)
ゴーグルの端の数字は、始めたときの三千人から、七千人に増えていた。
*
『昨日出た!』
その一行が流れたのは、五十体を越えたころだった。
『ハウンドドッグの小像、東管理区で』
『俺も出た。配信見終わってから潜ったら一体目で出た』
『俺の友達も最初の一体で出したって言ってた』
『物欲センサー』
『欲しがってる人のとこには出ないんだよ』
『のあちゃん欲しがりすぎてセンサーに引っかかってる』
「……そう」
のあは、小声で返した。
(嘘つけ)
次の犬を撃った。魔石だけが転がった。
(……いや、嘘じゃないのか。本当に、誰かのところには出てるんだよな。窓口にも実物があったんだし)
出た人間は、確かにいる。それも、欲しくもなかった人間のところに。
(余計に腹立つ)
『倒したあと、右足から近づくと出るらしい』
『倒す前に心の中で「いらない」って三回言う』
『俺は風呂入ってたら出た』
(風呂で何を倒したんだよ)
のあは、次の犬を撃った。倒れた体へ近づく。
右足から、踏み出していた。
『右足』
『今、右足から行った』
『やってるwww』
『信じてる』
「……たまたまです」
(たまたまだ。俺は迷信を信じない。……三回は言ってない。二回しか言ってない)
魔石が一つ、転がった。
二時間目に入ったころ、コメントに画像が一枚貼られた。
『今、隣の区画にいる。のあちゃんの配信聞きながら潜ってた。一体目で出た』
手袋の上に、灰色の犬の小像が載っていた。窓口の見本と同じ、跳びかかる寸前の姿勢。台座の黒が、懐中電灯の光を返している。
『本物だ』
『隣の区画!?』
『同じダンジョンで』
『配信聞きながら、ってことは、この配信が御利益になってる』
『のあちゃんの物欲が、隣に流れてる』
のあは、画像を三秒見た。
「……おめでとうございます」
『声が低い』
『今の「おめでとう」怖い』
『祝ってないだろ』
(祝ってない。一ミリも祝ってない。……いや、祝ってる。おめでとう。本当におめでとう。こっちに寄越せ)
隣の区画は、壁一枚向こうだった。同じ時間に、同じ魔物を倒している。違うのは、欲しがっているかどうかだけだ。
(そんな仕組みがあってたまるか)
のあは、次の犬を撃った。いつもより、少しだけ早く。
*
『右奥、湧いた』
その一行で、のあは顔を上げた。
いつも敵を見つける、あの常連だった。
右の奥の窪みから、ハウンドドッグが三体。左の通路からも、別の三体が近づく足音がした。二方向。
ドローンの闇を解いた。撮影ランプの白い光が、天井で点いた。
左の三体が、一斉にそちらを見上げて吠えた。
(そっちを見てろ)
右の三体に三発。振り向いて、ドローンに気を取られた左の三体に、三発。
六つの魔石が、ほとんど同時に床へ落ちた。
『ドローンで釣った!?』
『光った瞬間に全部終わってた』
『ドローンの使い方が違う』
「隠したままだと、同時には見られないので」
ドローンを闇で包み直した。包んでいる間は、頭の片隅がずっと、そちらへ引っ張られている。一方向の敵なら困らない。二方向になると、その分だけ遅れる。
(相手が弱いから使える。……覚えておこう)
『常連ニキ助かった』
『右奥の人、今日も仕事してる』
「助かりました」
『喋った』
『お礼言われた』
『(右奥の人、今ごろ喜んでる)』
*
三時間で、百二十六体になった。
小像は、ゼロだった。
管理区の窓口で、魔石の袋を台に置いた。田村さんが、袋の重さに一度だけ眉を上げた。
ハウンドドッグとビッグアントの魔石が百二十六個。十三万八千六百円。区画の駆除報酬が別に二万四千円。合わせて、十六万二千六百円。
『稼いでる』
『時給五万四千』
『小像ゼロで十六万』
『物欲センサーに負けても金は勝つ』
(時給五万四千。……悪くない。悪くないんだよ、普通なら)
普段なら、ここで口元が緩むところだった。
今日は、緩まなかった。
「小像は、出ませんでしたか」
田村さんが、小声で聞いてきた。
「……出ませんでした」
「今日、ほかの人は二人、持ってきたのよ。どっちも、たまたまだって」
(聞きたくなかった)
のあは、配信の画面に向き直った。
「今日は、ここまでです」
『おつかれ』
『明日も周回?』
『明日は出るよ』
『明日は物欲を捨てて』
「捨てられません」
『正直』
『即答で草』
配信を閉じた。
【暗闇】のあ(狙撃)の配信を語るスレ その47
21:名無しの探索者
三時間で百二十六体、小像ゼロ
物欲センサーってほんとにあるんだな
24:名無しの探索者
隣の区画のやつが一体目で出したの、あれ完全にとどめだった
26:名無しの探索者
「おめでとうございます」の温度、氷点下
29:名無しの探索者
>>26
でもちゃんと言うんだよな。律儀
33:名無しの探索者
右足から近づいてたの見逃さなかったぞ
35:名無しの探索者
S様が迷信やってるの、なんか安心する
38:名無しの探索者
稼ぎは十六万なのに声が一回も嬉しそうじゃなかった
いつもなら明細で声が半音上がるのに
40:名無しの探索者
>>38
声の音程で機嫌を測るな
*
帰りの電車で、端末を開いた。
切り抜きの一覧に、自分の顔のない画面がいくつも並んでいた。『物欲センサーと戦うクノイチ』『右足から近づくのあちゃん』。題の付け方に、ミレイの手癖が見える気がした。
(……あの人、仕掛けたな)
指で、画面を下へ送った。
別の配信者の切り抜きが、一つ混じっていた。知らない名前だった。サムネイルの端に、赤い大きな文字が躍っている。
『【神引き】サーチブルキャットの小像出た』
金色の毛並み。斑点。頭の上で、二枚の大きな耳が、別々の方向を向いている。
手のひらの上で、あの猫が、小さく座っていた。
のあの指が、画面の上で止まった。




