第40話 見つける才能
「――配信、始めます。今日は、弟子の声が入ります。顔は映りません」
『弟子ちゃん回』
『ボス猫と二号』
『声だけでもうれしい』
「……よろしくお願いします」
すずの声が、胸元のマイクに小さく入った。
『かわいい』
『緊張してる』
『師匠より喋る』
(俺より喋る、は余計だ。事実だけど)
(あと、二号。千晴さんが、あのあと自分の配信でも使って、一晩で広まった。……止められないやつだ、これ)
北管理区の採掘区画。今日の仕事は、鉱石の運搬路を塞いでいるハウンドドッグの群れの駆除だった。報酬は十一万四千円。出発前に、すずの取り分を、見張りと報告の分として一万一千円と決めてある。
胸元のカメラは、のあの手元と前の道しか映さない。すずは、その画面の外側を、のあの半歩前で歩いていた。
緩い下り坂の途中で、すずが止まった。
「左の上、棚のところ。何か動きました。まだ見えてないです」
のあは左上の岩棚を見た。岩しかない。
『どこ』
『何も映ってない』
『左上……?』
五つ数えたころ、岩棚の縁で、岩と同じ色の背中がゆっくり持ち上がった。ハイドリザードの小型が、下の道へ降りる隙を待っていた。
『いた』
『うそ、ほんとにいた』
『……俺より早い』
いつも敵を見つける、あの常連の一行だった。
(常連に勝ったぞ、うちの弟子)
のあは一発で、棚の上のトカゲを止めた。
『師匠の撃つのも早い』
『見つける係と撃つ係』
『分業だ』
「今の、見えてはいなかったんですよね」
「はい。動いたのだけ、です」
すずの答えには、迷いがなかった。自分の《気配察知》がどこまで届いて、どこで途切れるか。のあに会う前から、一人で何度も測ってきたのだろう。
(何かいる、までは分かる。それが何かを見るのは、目の仕事だ。……なら、見る役を誰がやるかで、使い方が変わる)
*
採掘場の手前で、道が二つに分かれていた。
左は、群れのいる窪地へ下りる運搬路。右は、窪地を見下ろせる岩棚への細い坂。地図では、岩棚の上から窪地全体に射線が通る。
一人なら、こうする。左の道で群れの数と動きを見る。戻って、右の坂を上る。上で撃つ。その間に群れが動いたら、また下りて見直す。
「すず。ここで、左の道を見ていてください。私は上へ行きます」
「見てるだけで、いいんですか」
「動いたら、教えてください。方向と、見えたかどうか」
すずはうなずいて、分かれ道の岩に背をつけた。道具袋を片手で押さえる。金具の音が消えた。
のあは坂を上った。
「左の奥、二つ動いてます。見えてません」
坂の途中で、すずの声が届いた。
「窪地の手前、一つこっちへ来ます。……今、見えました。犬です。止まりました」
岩棚に伏せるまで、のあは一度も下を見なかった。
(……一往復分、手間が浮いた)
上から見た窪地は、すずの言ったとおりだった。手前に一体、奥に鼻を地面へつけた二体。
『弟子ちゃんの実況、正確』
『二人いると早い』
『目が増えたってこういうこと?』
(配信の常連と同じで、もう一つの目だ。しかも、画面の外まで見てる)
息を吐き切った。三発。三体とも、窪地の底で動かなくなった。
上から見える範囲に、四体目はいなかった。
「四つ目、います。窪地の右」
すずの声が、少し高くなった。
のあは右を見た。岩の陰で、四体目のハウンドドッグが、耳を寝かせて伏せていた。
一発。
「今の、見えてましたか」
下りてから聞くと、すずは少し黙った。
「……感じた、だけです。動いたので。でも、見えてなかったです」
「最初は、奥に二つ、手前に一つでした。四つ目は」
「止まってたので、分からなかったです」
(止まってる相手は、分からない。本人がそれを分かってる。なら、あとは言い方だ)
「分からないときは、分からないと言ってください。それで十分、助かります」
すずは、分かれ道の岩を振り返った。自分が立っていた場所を、目で測っているようだった。
*
帰り道で、小型のハイドリザードに行き合った。
すずが先に気づいた。今度は「右の壁、何か動きました。……今、見えました。トカゲ、小さいです」と、一息で言った。
「やってみますか」
「はい」
すずのいつもの獲物だった。のあは坂の上に戻れる位置へ下がり、魔銃を出した。
すずは短剣を抜き、戻る道を一度だけ振り返った。それから、トカゲの横へ回った。前脚の付け根を狙う。刃が入った。
入ったように見えた。
刃先が、肩のうろこの縁を滑った。
すずは押し込まなかった。すぐに引いて、決めてあった左の平らな場所へ下がる。トカゲが追ってきて、前脚を床につく。
のあの一発が、その頭を落とした。
「……滑りました」
「引くのが早かった。そこは、合ってます」
すずは自分の短剣を見ていた。刃こぼれを研いだ跡がある、中古の一本。
奥の窪みで、同じ大きさのトカゲがもう一体、頭を上げた。
「次は、私がやります。見ていてください」
のあは魔銃を闇へ落とし、短刀を抜いた。
《隠密》で自分を沈める。同時に、トカゲの正面へ、自分と同じ形の影を押し出した。
トカゲが、幻へ跳びかかった。
のあは、幻の半歩横の影の中にいた。跳んだトカゲの前脚が上がる。付け根の、うろこの薄いところが開く。
短刀を、その下へ滑らせた。
トカゲは幻を突き抜けて、床へ落ちた。起き上がらなかった。
その奥から、三体目が岩陰を逃げようとした。のあは振り返らずに、短刀を横へ振った。
闇をまとった三日月が、見えないまま岩の間を抜け、逃げる背の付け根を裂いた。
『クノイチきた』
『幻に噛ませて、下から』
『最後の見えなかった』
『弟子の前だからって張り切ってない?』
(張り切ってない。……少ししか)
すずは、口を半分開けていた。
「……私も、あれ」
「できません」
のあは短刀を拭った。
「私の闇も、飛刃も、すずにはないので。すずの気配察知は、私にはありません」
まさねぇに言われた。言葉は、そのまま渡すな。その子の体で使える形に直せ。
(型まで渡したら、この子は幻もないまま正面に立つことになる。それじゃ、ただの的だ)
「正面に立たないのは、同じです。でも、すずのやり方は、すずの道具で探します」
のあは、すずの短剣を見た。
「さっき、刃は入りかけてました。あと少し、踏み込めば通った。でも、踏み込ませたくない」
「……じゃあ、どうするんですか」
「踏み込まずに止められる武器を、探そう」
*
「じゃあ、私には見えてないことにして」
仕事部屋で、真帆がすずの描いた地図の片側を、紙で隠した。
「すずちゃんは、何を見てる?」
「右に、トカゲがいます」
「それは、見えた?」
すずは口を閉じた。指を、地図の角の手前へ戻す。
「……右で、何か動いた。見えてないです」
「うん。それなら、私はそっちを見に行ける」
真帆は、紙の端を少しめくった。
「見えたのと、感じたのを分けて言うの。混ぜると、聞いた人が、いると思い込んで動いちゃうから」
「真帆さんも、そういうの、練習したんですか」
「私は逆。見えたものしか言えなくて、のあに『見えないけど気になる、も言っていい』って言われた」
すずが、のあを見た。
(言ったか、そんなこと。……言ったかもしれない)
千晴が、紙の束を抱えて机に来た。
「武器の話、聞いたよ。ちょうどいいのがあるの」
保管庫型の区画の資料だった。古い石造りの広間の奥に、武器を収めた容器が並ぶ保管室がある。前に入った探索者が、広間に居座るリビングスタチューに追い返されて、写真と地図だけを残していた。
今、討伐と調査の依頼が出ている。報酬は五十二万円。回収した品は、査定のうえで受注者が買い取れる。
「石像のほうは、私が受けられます」
のあは、角の二本ある石像の写真を見た。振り下ろす腕の長さが、床の凹みで分かる。
すずは石像を見ていなかった。前の探索者が持ち出した品の写真を、一枚ずつめくっている。
その手が、止まった。
白黒の写真の中で、片刃の短剣が定規の横に並んでいた。柄は細く、刃は緩く反っている。鍔の近くに、小さな石がはめ込まれていた。
「このくらいの長さで、握るところが細いのが、いいです」
すずの指が、写真の縁を押さえていた。
のあは、その頁に印をつけた。
「これに近いのがあったら、触ってみよう」




