第34話 また怪我をしている
「――配信、始めます。北管理区、採掘区画の掃討です。三日目です」
『三日目きた』
『S指名の続きか』
『ドラゴンいなくなって、小物が戻ってきてるんだっけ』
『今日もドローンなし』
「なしです」
アースドラゴンが倒れたあと、奥の空洞には、追い出されていた小物が戻り始めていた。採掘を再開する前に、それを片づける。三日間の指名で、一日十八万円。
(ドラゴン一発の後始末で、三日。……割のいい後始末だ)
のあは岩棚の上に伏せ、下の通路を見ていた。
壁に張りついていたハイドリザードが二体、首を下げて、採掘用の軌条のにおいを嗅いでいる。小型より一回り大きい。岩と同じ色の背中が、呼吸のたびにわずかに光った。
息を吐き切る。二発。
二体とも、軌条の上に首を落とした。
『はや』
『今日も寝る暇がない』
『もうちょっと溜めて』
「溜めません」
魔石を回収しながら、のあはゴーグルの端を流れる文字を読んでいた。
『そういえば入口で映ってた灰色の上着の子、今日もいたね』
『あの子また怪我してなかった? 膝』
『昨日はほっぺだった気がする』
回収袋の口を縛る手が、止まった。
三日とも、入口の待合で見ていた。
最初は、右の手の甲だった。白いテープの端が浮いて、下に赤が見えていた。二日目は、左の頬に擦り傷。今朝は、右の膝のところでズボンが裂けて、その下に新しい布が巻かれていた。
毎回、違う場所だった。
治る前に、次が増えている。
「その人の話は、なしで」
『あ、ごめん』
『了解』
『映った人の話はやめとこ』
(……よく見てるな、こいつら。俺と同じところを)
*
帰り道は、浅層から上がってくる道と途中で合流する。
緩い坂を下りたところで、のあは足を止めた。
合流点の広場に、灰色の上着があった。
すずだった。
膝をつき、破れた素材袋の口を片手で押さえている。袋の底が裂けて、白い鉱石がいくつか床にこぼれていた。すずは短剣を膝の横に置いたまま、転がった石を一つずつ拾っていた。
その手が、止まった。
すずの顔が、右の岩陰へ向いた。
何もいなかった。のあの目には、岩しか見えない。
一拍おいて、岩の色がずれた。
小型のハイドリザードが、壁から剥がれるように這い出てきた。
『右の岩!』
『いる!』
(……先に向いたぞ、今)
コメントより、のあより、すずの顔のほうが早かった。
すずは短剣を取った。片足を後ろへ引き、出口の方向を一度だけ見た。
それから、床に残った最後の二つの石を見た。
引いた足が、戻った。
すずは石へ手を伸ばした。体が低くなる。短剣の先が、下を向く。
(ばか、それを拾うな)
ハイドリザードが、地面を蹴った。
のあは、もう撃っていた。
坂の途中からなら、すずと敵は重ならない。闇で音を消した一発が、跳んだ小型の首の付け根へ入った。
小型は、すずの指先から指二本分のところで、横倒しになった。
すずの手は、石をつかんだまま止まっていた。
『うわ、ぎりぎり』
『今の子、拾いにいったよな』
『心臓に悪い』
『見えてから撃つまでが短すぎる』
(ぎりぎりにしたのは、俺じゃない。あの子だ)
のあは銃口を岩陰へ向けたまま、坂を下りた。続けて出てくるものはない。
「もう一体は、いません。拾って大丈夫です」
すずは、ゆっくり顔を上げた。
のあを見て、ほんの少しだけ目が大きくなった。待合で控えを拾った相手だと、分かったらしかった。
すずは最後の石を拾い、裂けた袋の口を結び直した。それから、立ち上がって言った。
「……取り分は、いくらですか」
「取り分?」
「助けてもらったので。その、トカゲの分と。私の、この分から」
すずは、袋を少しだけ前に出した。差し出したのではなかった。中身を見せて、数を確かめさせる手つきだった。
『取り分って』
『この子、真面目だな』
(……助けた礼を、払おうとしてる。こんな子どもが)
「そのトカゲは、私が倒したので、私が持って帰ります」
のあは袋を見た。
「その袋は、自分で採ったものですよね」
「はい」
「なら、全部あなたのです」
「……あとで、言われても困ります」
「言いません」
「助けた分は、って。あとから」
「言いません。配信も回ってるので、今のも記録に残ってます」
すずの目が、のあの胸元のカメラへ行った。それから、また袋に戻った。
袋を、胸のほうへ引き寄せた。腕がゆるまない。
(信じてないな。そりゃそうだ。俺でも信じない)
『記録にしてあげるの優しい』
『いい子だな』
のあは、胸元のカメラに手をかぶせた。
「ここで、切ります。おやすみなさい」
『え』
『まだ昼』
『おやすみwww』
画面を閉じた。これ以上、この子を映す理由がなかった。
のあは小型の魔石だけを取り、残りを闇へしまった。
*
「出口まで、一緒に行きませんか。私も帰るところなので」
すずは少し迷ってから、のあの斜め後ろについた。
並ばない。前にも出ない。のあの影を踏まない距離を、ぴったり保っている。
歩き出して、しばらくしてから気づいた。
足音が、しなかった。
破れた袋を抱え、右膝をかばって歩いているのに、のあの耳には自分の靴音しか届かない。振り返ると、すずはちゃんとそこにいた。
(足音を消してる。……スキルか)
「……ドラゴンの人、ですよね」
後ろから、小さな声がした。
「窓口で、みんな言ってたので。一発だったって」
「はい」
「Sの人が、なんでこんな浅いところにいるんですか」
「帰り道なので」
すずは、それで黙った。納得したのかどうかは、分からなかった。
「さっきの、気づいてましたよね。見える前に」
「……動いたので」
「岩の裏で?」
「はい。動くと、分かるんです。止まってると、分からないですけど」
それだけ言って、すずは口を閉じた。
(俺の目より、先だった。止まってたら分からないってことは、あいつが這い出す、その一歩目で)
すごい、と言いかけて、のあはやめた。
気づいていたのに、拾いに戻った。そこを褒めても、次も拾いに戻るだけだ。
「その膝も、今日ですか」
「昨日です。今日のは、ここだけ」
すずは、左の手首を上着の袖で隠した。隠す前に、新しい赤い線が見えた。
(今日の分まであるのかよ)
*
北管理区の窓口は、夕方の混み始める前だった。
掃討三日目の指名料が十八万円。ハイドリザードの魔石と皮の買取が、六万二千円。のあは明細を保存して、窓口の前を空けた。
隣の窓口で、すずが袋を二つ出していた。
破れていないほうの袋だけを、台の上に置く。
「白い鉱石、規定量。四千二百円ですね」
「はい」
すずは明細を受け取り、メモ帳に書き足した。
破れた袋のほうは、台に載せなかった。膝の上で、口をもう一度結び直している。
「そちらは、納品しないんですか」
職員が聞くと、すずは首を振った。
「こっちは、別のところに持っていくので」
(別のところ? 窓口より高く買うとこでもあるのか)
のあは、そのことを覚えておいた。
すずは立ち上がると、窓口の脇の掲示板へ歩いた。浅層の依頼の紙を、上から順に目で追っていく。指が、夕方締切の採取依頼の上で止まった。
膝のテープの端が、また浮いていた。
「まだ潜るんですか」
のあが聞くと、すずは掲示から目を離さずに答えた。
「まだ、足りないので」
何が足りないのかは、言わなかった。
のあも聞かなかった。聞いたら、また半歩下がられる。
(危ないからやめろ、じゃ止まらない。俺も止まらなかった)
黒瀬に「今夜、家には誰がいる」と聞かれたときも、施設の職員に手を差し出されたときも、のあは下がった。下がって、次の日もまた潜った。
あのころ、欲しかったのは止める言葉じゃなかった。
明日も潜って、ちゃんと帰ってこられるやり方だった。
のあは、掲示板の前まで歩いた。すずの右側、ぶつからない距離で止まる。
「朝倉さん」
すずが、こちらを向いた。
「さっきみたいなとき、どう動けば怪我をしないか。少しなら、教えられます」
すずの目が、のあの顔から、手元へ落ちた。何か渡されるのを警戒するように。
のあの手には、何もなかった。
「少し、おせっかいしてもいい?」
すずは、答えなかった。
代わりに、破れた素材袋を、両腕で胸へ引き寄せた。




