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第30話 自分たちの看板

『クラン「灯り火」の登録が完了しました。代表者:のあ』


 通知は一行で、受理の番号がついていた。


(本当に載ったな、俺の名前。名字の欄、空いたままで通るんだな)


「で、最初の仕事なんですが」


 面談室で、相原が依頼票を四人の前に置いた。


 写真に、岩の巨人が写っていた。何枚もの岩板を重ねた体が、輸送路の広い空洞に立っている。脇の支柱と比べると、腕だけで荷台一台分はある。


「南管理区の輸送路に出たゴーレムです。道が塞がれて、今日で十日目になります」


 相原は、写真をもう一枚めくった。


 支柱が一本、根元から折れていた。


「先週、鋼翼の六人班が討伐に入りました。盾で正面から受け止めようとして押し負け、支柱を一本巻き込んで撤退しています。負傷者が二人」


 紗月が、写真から顔を上げた。


「鋼翼さんからは、再挑戦の申し出も出ています。ただ、依頼主さんのほうが、別のところにも見積もりを取りたいと」


「条件は」


 のあが聞いた。


「残りの支柱と設備を壊さないこと。報酬は六十八万円。素材は別に買い取りです」


(支柱を一本折って、六十八万の仕事を落としたのか。……もったいない)


 のあは空洞の図面を引き寄せた。支柱は片側に四本。反対側は、広く空いている。上には岩棚が続いていた。


「空いてるほうへ倒せば、設備には触りません。上の岩棚が図のとおりなら、受けられます」


 紗月が、三人の顔を順に見た。真帆と千晴がうなずく。


「灯り火で、受けます」


 紗月が言って、依頼票の受注欄に名前を書いた。


 クラン灯り火。代表、のあ。


 *


 南管理区の現場事務所に、見覚えのある背中があった。


 襟元から袖口まで、しわのない上着。榊は、鋼翼の作業服を着た大柄な男と並んで、依頼主の現場主任と話していた。


 のあたちが入ると、三人がこちらを向いた。


「……のあさん」


 榊の笑顔が、一拍だけ遅れた。


「本日は、鋼翼から引き継ぎのご説明に伺っておりまして。先週の状況を、次の方にお伝えするようにと」


 榊の目が、紗月の持つ依頼票へ落ちた。


 受注欄の文字を、読んだのが分かった。


「灯り火さんの、名義で。……のあさんお一人でお受けになったほうが、報酬の面では」


「代表なので」


 のあはそれだけ言った。


(あんたの紙には、代表の欄がなかったからな)


 現場主任が、咳払いをした。五十代の、日焼けした男だった。


「説明は結構です。先週は、私がここで見てましたから」


 *


「――配信、始めます。今日は灯り火で、ゴーレムの討伐です」


『灯り火で?』


『クランになってる!』


『代表のあって書いてあるんだけど』


『野良猫、代表になる』


「なりました」


『あっさり』


『おめでとう』


『野良猫、看板になる』


(看板は、これから作るんだよ)


 岩棚の上で、のあは伏せた。


 下の空洞で、ゴーレムがゆっくり向きを変えていた。腕が動くたび、肩の岩板が擦れて、低い音が上まで届く。足元には、先週折れた支柱の残骸が転がっていた。


『先週、鋼翼の班が盾で受けて吹っ飛ばされたやつ?』


『あれ動画出てた。盾ごと支柱に叩きつけられてた』


『今日ドローンなしか』


『なしってことは、ガチのやつ』


 無線で、紗月の声が入った。


『作業員さん、全員待機場所に入った。始めていいよ』


「はい」


 真帆は、途中の分かれ道を見ている。千晴は、空洞の入口で設備と支柱を記録している。のあの目は、ゴーレム一体にだけ使えばいい。


(下見のとおりだ。あとは、腕が上がるのを待つだけ)


 ゴーレムが、空の荷台へ腕を振り上げた。


 肩の外側で、岩板が二枚ずれる。その下に、腕を支えている細い継ぎ目が見えた。


 息を吐き切って、撃った。


 闇の魔弾が継ぎ目に潜り、内側から砕いた。振り上げた腕が、肩から先ごと床へ落ちる。重い音が、空洞に響いた。


 ゴーレムの頭が、岩棚を向いた。


 のあは、もうそこにいなかった。


 伏せていた場所に闇の幻だけを残し、《隠密》で岩の裏へ滑り込む。残った腕が、幻ごと岩棚の先を殴りつけた。砕けた岩が、誰もいない床へ落ちる。


『消えた』


『幻殴らせてる』


『本体どこ』


 のあは横の棚へ移り、片膝をついた。


 ゴーレムは幻のあった場所へ体重をかけている。支柱から遠い、外側の脚に。その膝の岩板の隙間で、荷重を受ける芯が軋んでいた。


 二発目。


 膝が外へ折れた。巨体が、支柱と反対の、何もない床へ傾いていく。


 傾く上体で、首を守っていた岩がずれた。その奥で、岩ではないものが、鈍く光った。


(そこだ)


 三発目が、光を撃ち抜いた。


 ゴーレムの残った腕から、力が抜けた。岩の巨体が、空いたほうの床へ崩れ落ちる。地面の揺れが、足場まで伝わってきた。


 舞い上がった砂が、ゆっくり落ちていく。


 その向こうで、四本の支柱が、まっすぐ立っていた。


「ゴーレム、倒しました」


 無線を入れると同時に、分かれ道のほうで短い銃声が二つ続いた。


『小型のアント二体。こっちも止めた。帰り道、空いてる』


 真帆の声だった。


「ありがとうございます。そこで合ってます」


『三発』


『支柱無傷』


『鋼翼六人で折ったやつを、三発で』


『真帆ちゃんも仕事してる』


『寄生とか言ってたやつ、見てるか』


 *


 回収を終えて現場事務所へ戻ると、榊は、画面の前から動いていなかった。


 のあの配信と、千晴のカメラ。並んだ二つの画面に、同じゴーレムが倒れたまま映っている。支柱は四本とも立っていた。


 現場主任が、四人に向かって深く頭を下げた。


「ありがとうございました。今日中に、輸送を再開できます」


 それから、榊のほうへ向き直った。


「先週の班は、支柱を一本折って、けが人を出して下がった。今日の灯り火さんは、三発で、何も壊していない。うちの報告書には、そう書きます」


「……承知しております」


 榊の声は、丁寧なままだった。


「それと。先週、そちらの方から『灯り火は実力不足で、のあさん頼みだ』と伺いましたが」


 現場主任は、千晴のカメラの記録を指さした。分かれ道で、真帆がアントを止めた場面が映っている。


「うちの作業員を待機させた段取りも、帰り道を確保したのも、三人のほうです。そういう話を、今後うちに持ってこないでください」


 榊は、何も言わずに頭を下げた。


 のあは、その背中を見なかった。


(勝ち誇る趣味はない。……ないけど、今日の飯はうまいだろうな)


 *


 翌日、協会の窓口で、相原が三通の回答を並べた。


「一通目は、搬出の仲介先からです」


 確定済みの便を取り消す前に、鋼翼の榊から「調整」の依頼を受けていたこと。灯り火の未納品や不備は、一件もなかったこと。取り消しに正当な理由がなかったと認め、差額の運賃を負担すること。


「二通目は、鋼翼の広報からです」


 切り抜き動画は外注先が作成し、榊の部署が発注したものだったこと。動画と関連するアカウントはすべて削除したこと。外注先との契約を見直すこと。


 ミレイがまとめて送った、サムネイルの隅の文字と、投稿時刻の一覧。それが、添付の一番上にあった。


「三通目は、鋼翼の代表からです」


 相原は、最後の一枚を開いた。


「榊さんは、本件と、灯り火さんへの勧誘の窓口から外れます。今後、灯り火さんを通じてのあさんへ所属を求める連絡はしない、とのことです」


 紗月が、一行ずつ読んだ。真帆が、差額の運賃を明細と照らし合わせた。千晴は、何も言わずに端末を胸に抱えた。


「……鋼翼の全員が、同じことをしたわけではないので」


 相原が付け足した。


「代表の方は、昨日の現場の報告を読んで、すぐに調べたそうです」


「はい。それは、分かってます」


 のあは三通を保存した。


(組織は悪くない。紙が悪い。紙を書いた人が、悪い。前の職場でも、だいたいそうだった)


 *


【暗闇】のあ(狙撃)の配信を語るスレ その40


8:名無しの探索者

寄生切り抜きのアカウント、全部消えてて草


11:名無しの探索者

鋼翼の公式が謝罪出してる

「当クラン関係者による不適切な動画の作成について」


14:名無しの探索者

ゴーレム三発、支柱無傷

現場主任のおっちゃんの報告書、最高だった


17:名無しの探索者

>>14

「そういう話を、今後うちに持ってこないでください」

ここだけ千晴ちゃんの配信で音入ってた


20:名無しの探索者

で、分かれ道でアント止めた真帆ちゃんの位置取りな

あれ前の岩削った回と同じ角度なんだよ

直してきてる


23:名無しの探索者

>>20

のあ先生の指導の成果


26:名無しの探索者

灯り火、クランになって最初の仕事がこれ

看板としては最高のスタート


 *


 報酬が六十八万円。ゴーレムの魔石が二十二万円、岩板の買取が九万円。合わせて九十九万円。


 共同の経費を一割残して、四人で分けた。


 一人、二十二万二千七百五十円。


 のあは明細を三回見た。


「のあちゃん、今日は隠してないね」


「隠す理由がないので」


(初仕事で、これだ。代表も悪くない)


 四人で入った定食屋で、千晴が品書きを立てて見せた。


「のあちゃん、決まった?」


「生姜焼き。ご飯、大盛りで」


 注文を言い終えたところで、端末が震えた。


『探索者登録情報が更新されました』


 クランの登録なら、もう通知は来ている。のあは開こうとして、湯気の立つ味噌汁が先に運ばれてきたのを見た。


 端末を伏せた。

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