第3話 予定外の救助
岩の張り出しを回ると、下の通路が見えた。
狭い踊り場に、女性が三人いた。
盾と剣を持つ女性が前に立っている。その後ろに、短い魔銃を構えた射手。壁際の一人は短槍を脇へ寄せ、片足を床につけないようにしていた。
三人を囲むように、岩と同じ色の背が動いていた。
ハイドリザード。手前に二体、壁沿いに二体。出口側の道を塞ぐように、一回り大きいのが一体。少し離れた採掘跡の口に、もう一体。
(六体。退路にでかいのが陣取ってる。……一人、足をやられてるな)
盾の女性がトカゲの爪を受け流すたび、同じ場所へ踏み直している。射手が撃つのは、敵の足を止めるための一発ずつ。二人だけなら抜けられる。だが負傷者に肩を貸せば、その間、誰も群れを止められない。
「真帆、千晴を先に! 右へ抜ける!」
「右にもいる、紗月!」
のあは上の道の縁で膝をついた。
ゴーグルの端で、文字が流れ続けていた。
『何この音』
『人いる!?』
『やばくない、これ』
視聴者の数字が、見たことのない速さで増えていく。
(見てる場合か。……いや、見ててくれ。記録だ)
のあは魔銃を構えた。弾の先に三人がいない角度を探す。手前の一体が、盾へ爪を振り上げていた。その向こうは岩壁だ。
(そこなら、外しても誰にも当たらない。外さないけどな)
撃った。
闇に消された発射音は、下まで届かなかった。振り上げた爪が止まり、トカゲの体が横へ倒れる。盾の女性は、来るはずの衝撃に構えたまま、一瞬だけ上を見た。
のあは闇を少し解き、片手を上げた。
「上です。出口側を空けます」
「――お願い!」
すぐに通じた。
盾の女性は倒れたトカゲに追い打ちをかけず、すぐに向きを変えた。盾が出口の逆へ向く。のあの射線を塞がない角度だった。
(話が早い。助かる)
出口側の二体へ狙いを移す。近いほうが、頭を上げて口を開いていた。顎の下、うろこの薄い場所。一発。
その脇から、もう一体が抜けてきた。
下の射手が銃口を向けた。だが、のあの銃の向きを見て、すぐに撃つのをやめる。空いた手を負傷者へ伸ばし、腕を自分の肩へ回した。
(……今の判断、いいな。重ねて撃たれたら、狙いにくかった)
のあは抜けてきた一体を仕留めた。倒れる先が、三人の進路から外れるのを確かめる。
「手前二体、倒しました。次、大きいのを落とします」
『え、今の上から?』
『一発ずつ……?』
出口の前には、一回り大きいハイドリザードが残っていた。首を縮め、厚いうろこの肩を前に出して道を塞いでいる。正面から撃っても、うろこに弾かれる形だ。
ただ、のあの位置からは、首の後ろが見えた。
(前からの攻撃を流すうろこだ。上からなら重なりが逆になる。頭を回せば、そこが開く)
「右へ、半歩動けますか」
下へ声をかける。盾の女性は理由を聞かずに、右へ半歩ずれた。
大きなトカゲが、その動きを追って頭を回した。
首の後ろのうろこがずれて、隙間が開く。
のあは、構えたままの銃口をわずかに下げた。
魔弾が隙間を通った。大きな体が低く沈み、前脚を突っ張ろうとしたまま崩れる。うろこの端が床を削り、鈍い音が通路に響いた。
『は?』
『一撃?』
『今の何、どうやったの』
(首の後ろ。説明はあとだ)
「そのまま進んでください!」
三人が動いた。射手と盾の女性が、負傷者を挟んで支える。壁沿いのトカゲが追ってきた。のあは上の道を数歩横へ移った。三人と敵が、同じ線に重ならない場所へ。
撃つ。トカゲが壁へ倒れる。
「曲がったら左。段差、一つ!」
負傷者が、自分で端末を見て道を指した。足を痛めていても、頭ははっきりしている。二人は言われた場所で歩幅を合わせ、低い段差を越えた。
最後の一体は、採掘跡の口から這い出てきた。三人の足音を追っている。
岩の前に頭が出た瞬間、のあはそれを仕留めた。
六体。
下の通路で動くものは、もうなかった。三人が通った床の真ん中には、一体も転がっていない。
(怪我した足で、死体をまたがせるわけにはいかないからな)
のあは銃口を下げる前に、採掘跡の奥と壁沿いをもう一度見た。増える足音はない。
ゴーグルの隅の数字を見る。
視聴者、三百十二人。
(……は?)
『すごかった』
『何者』
『さっきまでアリだったのに』
『おやすみどころじゃなくなった』
(俺もだよ)
*
側道の低い所から降り、のあは救護の待機場所で三人に追いついた。
管理区の救護担当が、負傷者の足首を見ている。盾の女性がこちらに気づき、立ち上がった。
「追ってきてるのは?」
「見えていた六体は全部倒しました。奥までは入っていません。管理側にも連絡しました」
「ありがとう。本当に、助かった」
女性は深く頭を下げた。二十歳を過ぎたくらいだろうか。のあより頭一つ以上背が高い。
「三枝紗月です。この三人で、灯り火っていうパーティをやってます」
「瀬川真帆です。下から撃っていたのが私です」
射手が続いた。椅子に座った負傷者も、背を伸ばす。明るい色の髪に、石の粉がついていた。
「梶原千晴。荷物と撮影担当。今日は運ばれる担当だったけど」
千晴は、のあを上から下まで見た。
そして、正直に言った。
「……小さい」
「千晴」
真帆が小声でたしなめる。
「あ、ごめん。上にいたとき、もっと大きい人かと思って」
「高いところにいたので」
(降りてきたら縮んだわけじゃないぞ)
千晴が一瞬きょとんとして、それから吹き出した。笑った拍子に足を動かしかけ、救護担当に止められる。
「のあです」
「のあ。改めて、ありがとう」
紗月は、名前だけを受け取った。名字も所属も聞いてこない。
(聞かないのか。……楽でいいけど)
真帆は、のあがいた上の道を見上げていた。
「大きい個体、一発でしたよね。私の位置からは、最後までうろこしか見えなかった」
「上からだと、首の後ろが見えたので。三枝さんが動いてくれたから、うろこの隙間が開きました」
「……私が半歩ずれただけで?」
「はい。あと、瀬川さんが途中で撃つのをやめましたよね。あれで狙いやすかったです」
真帆が目を丸くした。
「見えてたんですか」
「見えてました」
真帆はしばらく黙って、それから小さく、よかった、と言った。
(前世なら、年上のお姉さん三人に囲まれて礼を言われる機会なんてなかったぞ。……落ち着け、俺。仕事の話をしてるだけだ)
のあは端末を取り出し、報告画面を開いた。これを出せば帰れる。
「あなた、水は飲んだ?」
紗月の声だった。
「水なら、救護の方が――」
答えかけて、のあは顔を上げた。紗月は千晴ではなく、のあを見ていた。
(……俺か?)
「……まだです」
「飲んで。報告は、それからでも逃げないから」
千晴が、自分の鞄から未開封のボトルを出して差し出した。まだ冷たい。
「はい。私の予備」
「自分の、持ってます」
「じゃあ、それも飲めばいいよ」
(理屈が雑だ。……でも、喉は渇いてる)
「……いただきます」
のあは受け取り、蓋を開けた。
一口飲んで、思ったより喉が渇いていたことに気づいた。気づいたら、半分なくなっていた。
千晴が、それ見たことかという顔をした。
*
報告を終えると、紗月がもう一度来た。
「のあ、このあと予定は?」
「帰ります」
「私たちも帰る。今日は千晴を休ませたいから、また今度、ご飯でもどうかな。ちゃんとお礼がしたい」
「謝礼は要りません。救助の記録は、依頼の評価にも付くので」
「お金を渡したいわけじゃないよ。ご飯」
「……」
(飯だけで済むのか? 次の仕事は、とか、組まないか、とか。大人の「お礼」は、たいてい何か付いてくるんだよ)
のあは断る理由を探した。
予定がある。嘘だ。人と食べるのは苦手だ。事実だが、言いたくない。辛いものが食べられない。それは、店による。
「あそこの店、まだ行ってないよね。真帆が調べてたとこ」
「角を曲がったところの? 辛いのが多いけど、おいしいって」
千晴と真帆の間で、もう店の話が始まっていた。のあを説得しようという調子ではない。自分たちの予定に、空いている席が一つある、という話し方だった。
紗月は答えを急かさず、千晴の荷物をまとめている。のあの帰り道を塞ぐ位置には、誰も立っていなかった。
(……一回だけなら。一回食べて、終わりにすればいい)
「一度なら。日程を見てからでいいですか」
「もちろん。連絡先、交換してもいい?」
のあは端末を出した。
画面に、新しい名前が三つ並んだ。仕事の窓口でも、整備の店でもない名前だった。
帰り道、通知が鳴った。千晴からだった。
『さっき話してたお店、これ』
写真が届く。赤いタレが絡んだ肉料理が、画面いっぱいに写っていた。
(赤い。全部、赤い)
のあは返信欄を開いた。
断りの文面を三通り考えて、全部消した。
『辛いのは、少なめで』




