第28話 邪魔な居場所
『工房のほうは、中止なんて一言も言ってないって』
夜の十時半。四人をつないだ通話で、紗月の声は落ち着いていた。
『明日の納品、予定どおりお願いしたいそうです』
「便がなくなっても、仕事はなくなってないってことですね」
のあは、自分の部屋の床に座ったまま言った。膝の上に、明日の区画の地図を広げている。
(なら話は簡単だ。運ぶ手段を別に探せばいい)
『運送屋さん、探してみる。前に採取班の人が使ってたとこ、個人でやってるって聞いたから』
千晴の声のあと、通話の向こうで端末を叩く音が続いた。
その間に、紗月の端末へ新しい通知が来た。
『読むね。鋼翼の榊さんから。「搬送の件でお困りと伺いました。ご所属をお決めいただけるのであれば、提携先の優先枠ですぐに調整いたします」』
四人とも、しばらく黙った。
(取り消しの連絡が来て、まだ三十分だぞ。誰から「伺った」んだよ)
「真帆さん。取り消しの通知と、今の榊さんの文面。届いた時刻ごと、残してもらえますか」
『うん。もう並べてる』
真帆の返事は早かった。
『あった!』
千晴の声が弾んだ。
『丸山運送さん。明日の朝、管理区まで持って出れば積んでくれるって。ただ、前の便より一時間早いのと、運賃が三万六千円』
元の便は、二万二千円だった。
(差額、一万四千。痛いけど、赤字にはならない)
「一時間早いなら、討伐を早く終わらせます」
『回収は急がなくていいからね、のあ』
紗月が言った。
「はい。回収は、いつもどおりで」
*
「――配信、始めます。灯り火さんの素材回収に、同行です」
『同行(護衛)』
『おやつ回の続きですか』
『今日は菓子持ってる?』
「持ってません」
(千晴さんの鞄には入ってる。たぶん)
東管理区の異界型、中層の窪地。岩陰から、のあは下の広場にいる魔物を数えた。
岩と同じ色の背が、十二。ハイドリザードの群れだった。入口寄りに大型が一体と小型が三体、奥に残り八体。
「上から撃ちます。合図まで、回収は待っていてください」
「分かった。後ろは私たちが見る」
紗月が盾を構え直し、真帆が合流する細い道のほうへ移った。千晴は空の回収袋を、使う順に重ねていく。
のあは魔銃を出し、闇の魔弾を込めた。
入口寄りの大型が、首を上げた。喉の下、うろこの届かない柔らかいところが開く。
一発。
倒れる音で、小型三体が一斉に頭を上げる。その三つの喉へ、順に一発ずつ。
奥の八体が走り出した。低い岩を避けて、左右へ分かれる。
(右に五、左に三。左は狭くなる。右から先だ)
撃つ。撃つ。倒れた仲間を乗り越えようと首を伸ばしたものを、撃つ。岩の陰へ逃げた一体は、斜めの壁へ魔弾を当てて、跳ね返りで止めた。
『はや』
『一発ずつ……』
『数えてたけど、今ので十』
十発目のあと、ゴーグルの端に一行が流れた。
『千晴ちゃんの後ろの岩、色がずれてる』
いつもの常連だった。
のあは振り向いた。千晴のすぐ後ろ、灰色の岩の一部が、ほんの少しだけ呼吸していた。その隣にも、もう一つ。
(色を岩に合わせて、群れから離れて回ってきたのか)
魔銃では、千晴に近すぎる。
のあは魔銃を闇へ落とし、岩棚から滑り降りた。《隠密》で自分を沈め、同時に、千晴の横へ自分の姿の闇を立たせる。ミラージュ。
擬態していた二体が、同時に岩から剥がれた。
飛びかかった先は、のあの幻だった。
幻の体を、爪と牙が通り抜ける。その後ろ、闇に溶けたのあは、短刀を横へ振った。
振った軌跡が、刃になって飛んだ。
飛刃は幻を貫いて、二体の首の付け根を続けて裂いた。着地した二体は、そのまま前へ滑って動かなくなった。
幻が消える。千晴は、槍を半分構えたところだった。
「……後ろ、いた?」
「二体いました。倒しました」
『クノイチきた』
『幻に噛ませて、幻ごと斬ってる』
『教えた人ナイス』
『俺の目、今日はクノイチの役に立った』
(ありがとな。本当に目が増えた)
「十二体です。回収、お願いします」
*
背甲は、一枚も傷ついていなかった。
千晴が状態を撮って工房へ送ると、すぐに返事が来た。
「脚の腱も取れるなら欲しいって。追加で、四万八千円」
のあは運賃の差額と比べた。
(一万四千の穴が、四万八千で埋まって、まだ余る)
「賛成です」
「私も」
千晴が刃を入れる場所を決め、のあが脚を支え、真帆が容器を並べる。紗月は、周りを見ていた。
管理区の積み込み場所には、白い小型トラックが停まっていた。運転席から、六十を過ぎたくらいの女の人が降りてくる。日焼けした腕に、軍手。
「灯り火さんね。丸山です。あら、ちっちゃい子もいるのね」
「……のあです」
「はい、のあちゃん。これ、あげる」
手のひらに、飴が一つ置かれた。
(おばちゃんだ。安心する。……何でだろうな、本当に)
千晴が、後ろで口を押さえていた。
依頼の報酬、二十二万円。追加分、四万八千円。運賃を引いて、残りが二十三万二千円。四人で割って、一人五万八千円。
のあは明細を二度見た。
「のあちゃん、今ちょっと笑った」
「笑ってません」
工房からは、納品の確認と一緒に一文が届いた。
『次からは、灯り火さんに直接ご相談します』
*
夕方、仕事部屋で精算を終えたところで、千晴の手が止まった。
「……これ」
千晴が向けた画面に、動画の題名があった。
【悲報】灯り火、のあに寄生してるだけだった
九十秒ほどの切り抜きだった。
紗月が盾で受けて押し込まれる場面。真帆の一発が岩を削る場面。千晴が荷物を持って走る場面。その合間に、のあが一発で倒す場面だけが、何度も挟まっている。
最後に、休憩で菓子を頬張るのあの顔。そこに、大きな文字が重なった。
『荷物持ちに餌付けされるS級』
(……俺はまだAだ。あと、寄りの画は切ったはずだぞ)
切ったのは、千晴のアーカイブだけだ。切る前に保存した誰かがいたのだろう。
紗月は、黙って画面を最後まで見た。
「押し込まれてるのは、三体目を真帆の射線に入れるためなんだけどな」
それだけ言って、端末を置いた。
真帆は何も言わなかった。岩を削った場面で、一度だけ唇を噛んだ。
*
【暗闇】のあ(狙撃)の配信を語るスレ その38
12:名無しの探索者
例の寄生切り抜き、回ってきた
15:名無しの探索者
>>12
あれ悪意しかない
紗月ちゃんが押し込まれてるとこ、次の瞬間に真帆ちゃんが横抜いてるのに、そこで切ってる
18:名無しの探索者
でも実際、のあちゃん一人で全部倒せるよな
灯り火いる意味ある?
21:名無しの探索者
>>18
センチピードの回見てないだろ
作業者運んだの灯り火だぞ
23:名無しの探索者
今日のアーカイブ見ろ
丸山運送のおばちゃんに飴もらってる
あと後ろの二体、千晴ちゃんが気づく前に斬ってる
26:名無しの探索者
寄生はどっちかというと野良猫のほうでは
餌的な意味で
29:名無しの探索者
>>26
それはそう
32:名無しの探索者
灯り火の三人、Bでしょ
S相当の横にいたら、そりゃ見劣りする
事実を言っただけ
35:名無しの探索者
>>32
お前、さっき別スレでも同じこと書いてたな
38:名無しの探索者
てかこの切り抜きのアカウント、今日作られてて草
*
「今日作られたアカウントが、今日だけで三本。手際がよすぎるのよ」
バー・マーサのカウンターで、ミレイが端末を置いた。
細い指先まで手入れが行き届いている。店の照明の下で、爪だけが光っていた。
「荒らしのほうも見たわ。四つのアカウントが、三分以内に書き込んでる。句読点の癖が全部同じ。読点のあとに、必ず空白を一つ」
「……一人ですか」
「一人か、同じ机の何人か。で、ここからが本題」
ミレイは、切り抜きのサムネイルを拡大した。
右下の隅に、小さな文字が残っていた。書き出したときの、ファイルの名前だ。
「KY、PR。それと日付。このテンプレート、鋼翼の新人募集の動画にもついてたの。外注の編集屋さんが、消し忘れる癖があるのよ。前の募集動画でも、同じところに出てた」
のあは、その文字を見た。
(鋼翼。広報。……外注で、使い回しのテンプレートまで同じ)
「その編集屋、鋼翼の案件は榊の部署から受けてるわ。うちの常連の彼氏が、そこで働いてるの」
「情報網が、怖いです」
「元美容師をなめないでちょうだい。鏡の前では、みんな喋るのよ」
カウンターの奥で、まさねぇがグラスを拭いていた。何も言わない。ルカが、のあの前にいつものシンデレラを置いて、そっと下がった。
のあはグラスを持たなかった。
便の取り消し。三十分後に届いた榊の文面。紗月が押し込まれる場面で止めた切り抜き。唇を噛んだ真帆。
(全部、俺が鋼翼に首を縦に振らなかったからだ)
三人は、何もしていない。助けた日から、ずっと自分たちの仕事をしてきただけだ。そこへ、のあが来るようになった。一緒に潜るようになった。
だから、狙われた。
(俺がいなければ。あの人は、三人のことなんて、名前も知らなかった)
グラスの表面に、水滴が一つ落ちた。
「私が一緒にいると」
声に出ていた。
ミレイが手を止めた。まさねぇが、グラスを拭く手を止めた。
「三人に、迷惑がかかる」




