第27話 勧誘受付中ではない
「のあさん宛ての面談のご依頼、四十二件です」
管理区の窓口で、受付の田村さんが紙の束を置いた。どさり、と音がした。
「……四十二」
「端末に届いた分は別よ。紙で持ってきた人だけで、これ」
(倒した魔物より多い。昨日の十九から、一晩で倍以上か)
昨日の夕方、田村さんは空の箱を出しながら、明日の朝には足りないと言った。本当に足りなかった。箱の横に、紙の山がもう一つできていた。
「リベンジ、見たわよ。夜中に三回。クノイチちゃん」
「その呼び方は、ちょっと」
「あら、トレンドに入ってたわよ」
(入ってたのは知ってる。見ないようにしてたんだよ)
のあは束を受け取り、待合の端の椅子に座った。
一枚目をめくる。クランの名前、代表者、それから金額。二枚目も、三枚目も、金額が一番上にあった。
(金額を最初に見せてくるやつは、条件を最後に隠す。前の職場で百回見た)
のあは、束を金額の順ではなく、紙の厚さの順に並べ直した。薄いものは条件も薄い。分厚いものほど、後ろのほうに何か書いてある。
薄いほうから順に、同じ文面で断っていった。
『現在、所属の予定はありません。単発の依頼でしたら、内容を拝見します』
単発の相談が三件だけ、別に残った。設備を壊さずに大物を倒してほしい、という依頼ばかりだ。指名料の欄を見て、のあはその三枚を鞄の内ポケットへ入れた。
(所属はしない。でも仕事はする。そこは分けて考えろって話だ)
送信を四十一回押したところで、相原が待合に顔を出した。
「のあさん。一件だけ、窓口で断りきれない方がいまして」
「どちらですか」
「鋼翼の榊さんです。昨日の夜から三回、いらしています」
最後に残った一番分厚い紙に、同じ名前があった。
(そうだろうな。一番厚いやつだ)
「十五分なら」
「伝えます」
*
「鋼翼の榊雅臣と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
面談室の男は、立ったまま頭を下げた。襟元から袖口まで、しわがない。資料の角が、机の縁ときっちり揃えてあった。
「昨日の配信、拝見しました。あの状況で飛刃を岩に当てて、音で誘うとは。一度退いた相手のところへ、あそこまで準備を整えて戻ってくる方は見たことがありません」
「どうも」
(褒めから入る。次は数字だ)
榊は表紙を開いた。
「契約金として、八百万円。月々の活動支援が六十万円。魔銃の整備と装備の費用は、全額こちらで持ちます。指名依頼は、優先してのあさんへ回します」
のあは、八の後ろのゼロを数えた。
一、二、三、四、五。
(……ゼロが多い。いや、多いな。多いぞ)
口元が緩みかけて、のあは頬の内側を噛んだ。
「依頼の報酬は、ここから引かれないんですね」
「ええ、もちろん。そこはご安心ください」
榊は次の頁へ進もうとした。
のあの指が、先にその頁の端を押さえた。
「読んでも、いいですか」
「どうぞ。ごゆっくり」
のあは、契約書の本文を開いた。
一行目を見ただけのつもりだった。つい、下の行まで読んでしまう。
(……ああ。これ、職業病だ)
第九条、所属外からの依頼の受注には、事前に当クランの承認を要する。
第十一条、他のパーティ及び探索者との同行には、事前に当クランの承認を要する。
第十四条、配信及び出演は、当クラン広報部と協議のうえ、承認を得て行う。
第十八条、契約期間は三年とし、自動で更新する。期間中の解約には、契約金の全額返還を要する。
のあは紙から目を上げた。
「榊さん。これ、全部合わせると」
「はい」
「私が誰と、どこへ、何をしに行くにも、鋼翼さんの判子がいることになります。やめるときは、八百万円を返して」
榊の笑顔は、崩れなかった。
「形式的なものです。実際には、ほとんどのご相談を承認していますよ」
「ほとんど、ですね。承認されなかったときは?」
「そこは、状況に応じて双方で――」
「形式なら、この四つを消してもらえますか」
榊は、一度だけ資料へ目を落とした。
「……所属者の皆さんと同じ書式ですので、個別の削除は」
「じゃあ、形式じゃないです」
のあは契約書を閉じ、榊のほうへ滑らせた。
「お断りします」
(金は出すから、行き先は許可を取れ。首輪の値段としては、高いほうなんだろうけどな)
榊は資料を受け取らず、両手を机の上で組んだ。
「灯り火の方々とのご活動を、ご心配されているのでしょう。その方々との同行も、所属のあとで調整できますよ」
「調整じゃなくて、承認ですよね。十一条」
「……よくお読みになりますね」
「本で読みました」
(苦しい。二回目でも苦しい)
榊は、笑顔のまま、初めて何か考えるような顔をした。
「率直に申し上げます。のあさんの力は、Bランクのパーティの護衛や回収に使うには惜しい。あの方々の時間に合わせるより、もっと大きな仕事ができます」
のあは、榊の顔を見た。
真帆が射撃の図を持ってくる日。千晴が四人分の肉を焼いている時間。紗月が、のあの返事を急かさずに待っている間。
それを、この男に説明する気はなかった。
「十五分です」
のあは立ち上がった。
「灯り火の皆さんにも、ぜひ一度ご挨拶を」
背中にかかった声には、返事をしなかった。
*
「来たよ。鋼翼」
夕方、仕事部屋に入るなり、千晴が端末を振った。
「私にも」
「私も」
真帆と紗月が、同じように画面を見せた。
三通とも、差出人は榊だった。文面は少しずつ違う。
紗月には、窓口の事務をクランで引き受ける、と。真帆には、専用の射撃場を使える、と。千晴には、撮影機材の提供。最新の追尾ドローン付き。
「ドローンは見つかります」
「だよねえ」
結びだけは、三通とも同じだった。
『皆さまからも、のあさんへ前向きにお伝えいただけましたら幸いです』
(本人に断られたら、周りから崩す。やり方まで教科書どおりだな)
「私は、もう返したよ」
紗月が、自分の送信済みを開いた。
『のあの所属について、私たちからお伝えすることはありません』
一行だけだった。
「真帆と千晴も、同じのを送った」
「……ありがとうございます」
「お礼じゃないよ。聞かれたから、答えただけ」
千晴が台所から顔を出した。生姜の匂いがする。
「で、のあちゃん。食べていく?」
「食べます」
即答してから、三人がこちらを見ているのに気づいた。
(そこで笑うなって。飯は食うだろ、飯は)
*
翌日の昼、カフェ・マーサの窓際で、のあは日替わりの親子丼を食べていた。
「そういえば、昨日うちにも来たわよ。鋼翼の、髪をぴっちり撫でつけた男」
まさねぇが、向かいで頬杖をついた。
「……まさねぇにも、ですか」
「『Sランクの先輩として、のあさんの将来について、ご助言いただけませんか』ですって」
まさねぇは、鼻で笑った。
「あたし、言ってやったわよ。あの子の将来は、あの子が決めるの。それと、あの子に紙を読ませたら、あんたの負けよって」
「読みました」
「でしょうね」
まさねぇはコーヒーを一口飲んで、少しだけ声を落とした。
「ああいう男はね、断られてからが本番よ。正面で負けたら、横から来るわ」
「横」
「あんたじゃなくて、あんたの好きなものの横」
のあは、箸を止めた。
(……好きなもの、って言い方はやめろ)
「気をつけなさいね。はい、おかわり」
「頼んでないです」
「知ってるわよ」
*
その夜、十時を回ったころ、紗月から連絡が来た。
『明日の搬出便、取り消しの連絡が来た』
明日は、灯り火の仕事だった。ハイドリザードの素材を回収して、そのまま防具工房へ納める。量が多いから、搬出の便を二週間前に押さえてあった。
続けて、転送された文面が届く。
『諸般の事情により、明日の便はご用意できなくなりました』
理由は、それだけだった。
のあは画面を見たまま、昼のまさねぇの声を思い出した。
(横から、か)




