第17話 見せつけ配信
「――配信、始めます」
北管理区の異界型ダンジョン。中層へ降りる手前の岩場で、のあは胸元のカメラへ小声で言った。
配信の題は、ミレイが決めた。
『合同探索(ゲスト:バー・マーサの人たち)』
「店の名前、入れる必要ありますか」
「あるわよ。宣伝よ、宣伝。看板代」
ミレイは、当然という顔で言った。
ゴーグルの端で、数字が跳ねた。
『始まった』
『今日は誰?』
『合同?』
『バー・マーサって何』
のあは、体を少しひねった。胸元のカメラに、隣の二人が入るように。
岩場の入口に、ひげ面の巨漢が立っていた。背丈ほどもある大盾を片手で持ち、持ち手には薄桃色の毛糸のカバーがついている。
ゴンちゃんは、カメラに向かって小さく手を振った。
「……ゴンです。盾、やります」
『でか』
『ひげ』
『盾の持ち手ピンクで草』
『手編み?』
「手編みよ」
ゴンちゃんが、ぽつりと答えた。
『答えてくれた』
『かわいい』
『でかいのにかわいい』
その隣で、細身の男が前髪を指で払った。
「はーい。斥候のミレイよ。先に言っとくけど、コメント欄、全部読んでるから。変なこと書いたら、覚えとくわね」
にっこり笑った。
コメントの流れが、一瞬だけ遅くなった。
『こわ』
『目が笑ってない』
『なにこのパーティ』
『オネエと野良猫』
(……効いてるな)
のあは、流れの速さを横目で見ていた。
まさねぇは、映っていない。
今朝、店の前で集まったとき、本人がはっきり言った。
『あたしはカメラの外。戦ってるとこ見られたら、カフェのお客様が減るもの』
今は、のあの後ろ、胸元のカメラには入らない位置を歩いている。足音は、ほとんどしなかった。
*
今日の依頼は、採掘路に居ついたグレイトホーンボアの群れの駆除だった。
採掘の業者が、三日前から作業を止めている。群れの頭に大きな個体がいて、角で運搬用の台車を二台ひっくり返したらしい。報酬は、四人で三十二万円。
ミレイが、先の曲がり角から戻ってきた。指を三本立て、それから岩場の奥を指す。
「三頭。手前に並んでる。奥の窪みに、でかいのが一頭寝てる」
声を落としていたが、言葉ははっきりしていた。
「ゴンちゃん、前。三頭まとめて受けて。のあは、上」
「うん」
「はい」
のあは、右手の岩棚に上がった。三頭と、ゴンちゃんの背中と、奥の窪みが同じ側に見える。
闇から、魔銃を引き出した。長い影が、画面を横切った。
『出た』
『銃なが(二回目)』
(今日は、見せる仕事だ)
いつもなら、闇で全部を隠して撃つ。今日は、胸元のカメラに、ゴンちゃんの背中と獲物がちゃんと入る角度を選んだ。
ゴンちゃんが、岩場の真ん中へ出た。
三頭が一斉に頭を上げた。太い角が、こちらを向く。
先頭の一頭が、地面を蹴った。
重い足音が岩場に響く。まっすぐ、盾へ。
ゴンちゃんは、下がらなかった。
ぶつかる音は、岩が崩れる音に似ていた。盾の縁が火花を散らし、ボアの突進が、そこで止まった。
ゴンちゃんの足は、一歩も動いていなかった。
角を盾に押しつけたまま、ボアの首が持ち上がった。硬い毛の下、喉元の皮の薄いところが、上を向く。
のあは、息を吐き切った。
一発。
ボアの体が、盾に寄りかかったまま崩れた。
二頭目が、横から回り込む。ゴンちゃんが盾の角度を半分だけ変えた。突っ込んだ角が盾の面を滑り、首が横へ流れる。
二発目。
三頭目は、仲間が倒れるのを見て、足を止めた。止めた瞬間に、頭が下がる。首の後ろ、毛の薄い継ぎ目。
三発目。
三頭とも、ゴンちゃんの盾から二歩以内に倒れていた。
『は?』
『一発ずつ』
『盾が動かない』
『盾で止めて、止まったとこを撃つ』
『保護者が強すぎる』
『保護者(盾)』
「……こういう感じです」
のあは、小声で言った。
『説明になってない』
『こういう感じ(一撃必殺)』
ゴンちゃんが、盾を下ろして振り返った。のあのいる岩棚に向かって、親指を立てる。
のあは、小さく会釈を返した。
『右上、岩の上に角見えた』
その一行で、のあは銃口を振った。
岩棚の上の段に、若いボアが一頭、身を低くしていた。こちらを見下ろしている。飛び降りる寸前だった。
四発目で、若いボアは段の上に伏せた。
「助かりました」
『いつもの人』
『今日もいた』
『俺の目、オネエの前でも役に立った』
*
奥の窪みで、寝ていた大きな影が起き上がった。
窪みを抜けるだけで、岩が肩で削れた。ほかのボアの倍はある。額から伸びた二本の角は、根元が岩のように厚かった。
『でっか』
『ボス』
ミレイが、のあの岩棚の下まで下がってきた。
「あれは正面から撃っても、角と額で弾かれるわよ」
「分かってます。ゴンちゃんに受けてもらって、首が上がったところを」
「そ。じゃ、任せたわ」
ミレイは、それ以上言わなかった。
ゴンちゃんが、のあの岩棚の前まで下がってきて、盾を構え直した。大型が、そちらへ向き直る。前脚で地面を二度掻いた。
そのとき、のあの足元の、岩棚の割れ目で、何かが鳴いた。
小さい。子どものボアだった。岩の隙間に隠れていたらしい。角はまだ短いが、突進の勢いは、のあの膝をへし折るには十分だった。
近い。
のあは、半歩下がった。
(……っ、近い)
銃は、長すぎた。岩棚の上で振り回せば、足場を失う。短刀へ手を伸ばす。抜くまでの一瞬が、ひどく長く感じた。
子どものボアが、跳んだ。
のあの目の前で、薄桃色が視界を横切った。
ゴンちゃんの盾だった。岩棚の下から、盾の縁だけを伸ばして、子どものボアを横から払い落としていた。
小さな体が、岩場の下へ転がる。
その先は、のあのカメラには映っていなかった。
ドン、と重い音がした。
続いて、胸元のカメラの端を、何かが横切った。子どものボアだった。宙を飛んで、反対側の岩壁にぶつかり、そのまま動かなくなった。
画面の外から、声がした。
「あらやだ。映ってないわよね?」
のあは、振り返らなかった。振り返ったら、映る。
『今なんか飛んできた』
『ボアが横に飛んだ』
『画面外に何がいる』
『あらやだって聞こえた』
『保護者(画面外)』
『ほっぺに粉の人では?』
「……気にしないでください」
のあは、大型へ銃口を戻した。
ミレイが、カメラに向かって片目をつぶった。
「うちのママは、カメラに映らない契約なの。見たいなら、お店に来なさい。昼はランチ、夜はお酒よ」
『宣伝された』
『行きたい』
『怖くて行けない』
大型が、ゴンちゃんへ突っ込んだ。
さっきの三頭とは、足音が違った。地面ごと揺れる。ゴンちゃんが盾を構え直し、腰を落とした。
ぶつかった。
今度は、ゴンちゃんの足が、半歩だけ後ろへずれた。ずれて、止まった。
大型の首が、角を盾に押しつけたまま、ぐっと持ち上がる。押し切ろうとして、前脚が浮いた。
顎の下。喉の奥へ続く、柔らかいところ。
のあは、魔弾に闇を込めた。一番濃いものを。
息を吐き切る。
撃った。
小さな、湿った音がした。
大型は、すぐには倒れなかった。盾に角を押しつけた姿勢のまま、一度だけ全身を震わせた。撃ち込んだ闇が、内側へ染みていく。
それから、膝から崩れた。
岩場が、もう一度だけ揺れた。
動くものは、なかった。
コメントが、読めない速さで流れた。
『一撃』
『あのでかさで一撃』
『何が起きたの』
『震えてから倒れた、こわ』
『盾と狙撃、相性良すぎ』
『このパーティ何なの』
『保護者、全員強い』
ゴンちゃんが、盾を下ろして、のあを見上げた。
「のあちゃん、さっき、大丈夫だった?」
「……はい。助かりました」
答えながら、のあは短刀の柄から手を離した。握っていたことに、そのとき気づいた。
*
報酬の三十二万円は、四人で割って八万円ずつになった。
まさねぇは「あたしは映ってないから」と自分の分を断りかけて、ミレイに「映ってないけど一番飛ばしてたでしょ」と言われて黙った。
のあの取り分には、大型の角と魔石の買取額が上乗せされた。合計、十三万四千円。
(一日で十三万。しかも半分は見せる仕事で)
口元が緩むのを、のあは止めなかった。今日は、誰のカメラも回っていない。
*
三日後、閉店後のバー・マーサで、のあは通知の画面を開いた。
一日四十件を超えていた数字が、六件になっていた。中身も、変わっていた。
『ゴンさんの盾カバーどこで売ってますか』
『バー・マーサ行ってみたいです』
『画面外の人、何者ですか』
門の前で待っていた男の名前は、コメント欄から消えていた。
「ほらね」
隣で、ミレイが同じ画面をのぞいていた。
「九割、減ったでしょ」
「……八割五分です」
「細かいわね。好きよ、そういうの」
ミレイは笑って、ワイングラスを回した。
それから、グラスを置いた。笑った顔のまま、声だけが少し変わった。
「ところで」
のあは顔を上げた。
「あなたの弱点は、近くに寄られたときね」
カウンターの向こうで、グラスを拭いていたまさねぇの手が、止まった。
「子どものボアが跳んだとき。あなた、下がることしか考えてなかったでしょ。銃が長すぎて、短刀を抜くのが遅れた」
ミレイは、あの一瞬を見ていた。カメラの外から、のあの足元だけを。
「撃つまでは、完璧。人間相手なら、寄られてもどうにでもするんでしょうけど。速い獣に懐へ入られたら、あなた、下がるしかない。……ゴンちゃんがいなかったら、どうしてた?」
のあは、何も言い返せなかった。
短刀の柄を握りしめていた手の感触が、まだ残っていた。
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