第13話 野良猫が映った
一部物語がパラレルしました
*
「のあちゃん。休憩のところ、こっちの配信にも映していい?」
菓子を口へ運ぶ前に、千晴が聞いた。カメラはまだ、のあのいない側へ向けてある。
「顔も入りますか」
「四人が一緒に入るくらい。嫌なら、手元だけにするよ」
のあは包みを膝に置いた。
(自分の配信じゃ、顔は映してないんだよな)
千晴は返事を待っていた。真帆も、飲み物の蓋を開けながらこちらを見ている。
「先に、画面を見せてください」
「うん。まだそっちには向けないからね」
千晴がのあを画角に入れないまま、確認用の画面を見せた。岩陰と荷物、少し離れて座る真帆が入っている。
「この広さのまま、少し横へ振ると、のあちゃんも端に入る」
のあは画面と、自分の座っている場所を見比べた。顔だけが大きく映る距離ではない。
「引きならいいです。食べてるところには寄らないでください」
「分かった。ここから寄らない。アーカイブも、帰ってから一緒に確認しよう」
のあがうなずいてから、千晴はカメラの向きを変えた。画面の端に自分が入ったのを確かめ、のあは菓子を持ち直す。
焼き菓子は、思ったより大きかった。
一口では入りきらず、のあは二口目で残りを押し込んだ。バターの匂いが鼻へ抜ける。頬の内側が、菓子で丸く膨らんだ。
(うまい。……これ、駅前の店のやつじゃないな。もっと高いやつだ)
ゴーグルの端で、コメントが止まらなくなっていた。
『今の顔』
『灯り火の画面見て』
『二窓してる人、今すぐ灯り火のほう見て』
のあは噛むのをやめた。
(……何だ)
自分の配信の画面には、膝と、菓子の包み紙と、千晴の手元しか映っていない。胸元のカメラは前を向いたままだ。
のあは、隣の千晴を見た。
千晴のカメラは、先ほど確認した位置のままだった。四人を映す画面の端に、菓子を頬張った自分がいる。
『野良猫、実在した』
『ほっぺ』
『ほっぺがリスになってる』
『捕獲済み』
『餌付け成功してて草』
流れる速さが、救助の日と同じだった。のあは口の中のものを、まだ飲み込めずにいた。
「……千晴さん」
口に菓子が入ったままの、こもった声になった。
「寄ってないよ。このまま」
千晴はカメラに触れず、確認用の画面を少し傾けてみせた。たしかに、顔が大きくなっているわけではなかった。
(この広さでも、分かるのかよ)
のあは急いで噛んだ。急ぐほど、粉が喉に張りつく。千晴が黙って水のボトルを差し出してきた。受け取って、流し込む。
その様子も、たぶん映っていた。
『水もらってる』
『完全に世話されてる』
『こっちの画面、咀嚼音しか入ってない』
『咀嚼音ASMR』
『のあちゃんの配信、ついにおやつ回』
(おやつ回ってなんだ。護衛中だぞ)
のあは、ボトルを置いてカメラのほうへ向き直った。
「捕獲はされてません」
声は、胸元のマイクと、千晴のカメラの両方に入った。
「同行です」
真帆が、横で小さく首をかしげた。
「あれ。護衛じゃなかった?」
(……あ)
予定表の「同行」を「護衛」に書き直したのは、ほかでもない、のあ自身だった。
『自分で格下げしてて草』
『護衛→同行』
『同行(おやつ付き)』
『捕獲されてる人の言い訳』
「……護衛です」
『遅い』
『もう遅い』
誰も聞いていなかった。
紗月は荷物を寄せながら、肩を小刻みに揺らしていた。笑っているのを、背中で隠しているつもりらしい。隠せていない。
コメントの流れの中に、一行だけ、毛色の違うものが混じった。
『あらあら』
続けて、もう一行。
『ほっぺに粉ついてるわよ。ちゃんと噛んで食べなさい』
のあの手が、勝手に頬へ行った。
指に、細かい粉がついた。
『誰?』
『保護者みたいな人おる』
『保護者?』
『保護者が見てる』
(この口調。……まさねぇだ。絶対そうだ)
寝る前に流している、と言っていた。まさか昼に、しかも二窓で見ているとは思わなかった。
のあは頬を拭い、残りの菓子を包みに戻した。
「休憩、終わりにしましょう」
「まだ五分あるよ」
紗月が言った。
「……通路を見てきます」
のあは岩陰を出た。
背中で、千晴が自分のカメラへ話す声がした。
「あ、今のが噂の野良猫です。名前は、本人の配信のほうで。ちゃんとお仕事してくれてますよ。おやつ食べてないときは」
(最後の一言、要らないだろ)
*
帰りの道で出たビッグアントは二体だった。
一体目は、のあが撃つ前に真帆が止めた。二体目は、天井の割れ目から出かけたところを、のあが落とした。
『二体目の場所、教えようとしたらもう撃ってた』
『いつもの人より早い』
『さっきまでほっぺ膨らませてた人とは思えない』
「それは、忘れてください」
『無理』
『保存した』
『スクショ回ってる』
(回すな)
入口の光が見えたところで、のあは配信を閉じた。最後の数字は、七千を超えていた。
灯り火のほうは、一万二千だったと千晴が言った。結成してから、一番の数字らしい。
*
納品を済ませて、四人で管理区の休憩所へ入った。
千晴が、自分の端末を机に置いた。休憩の場面が、止めてある。
「アーカイブ、どうする? 嫌なら、この辺りだけ切って出すよ」
のあは画面をのぞいた。
岩陰に四人が並んでいる。紗月が袋を開け、真帆が飲み物を配っている。端に、菓子を両手で持った自分がいた。
千晴が再生を押した。
画面の中の自分が、焼き菓子を口に押し込む。頬が膨らむ。コメントに気づいて、固まる。
(……こんな顔してたのか)
顔が熱くなった。
「食べ始めの、ここは切ってください」
「うん。水を飲むところまで?」
「そこまで、お願いします」
千晴が再生位置を動かした。菓子を飲み込んでから、のあが「捕獲はされてません」と言っている。
「このあとは、どうする?」
のあは画面を見た。真帆に訂正されて、自分が言い直している。横の紗月の肩が揺れていた。
(そこまで笑ってたのか)
「……ここからは、残していいです」
「分かった。食べてるところは切るね」
千晴は画面を止め、切る場所に印をつけた。
真帆が、横から控えめに口を挟んだ。
「引きの画も、のあ、ちゃんと可愛かったよ」
「そういうことを言うなら、全部切ります」
「ごめん」
真帆は謝ったが、目が笑っていた。
紗月が、受け取った報酬の控えを畳んでから、のあを見た。
「次も、映す前に画面を確認しよう。途中で嫌になったら、そのときに言ってね」
紗月が言った。
「すぐ外すから」
千晴も、端末から顔を上げた。
「……次は、食べ終わってからにしてください」
「了解。おやつは先にゆっくり食べよう」
のあは、机の端に置いたままの菓子の包みを見た。まだ二つ残っている。
「菓子は、おいしかったです」
「また同じの買ってこようか」
「……護衛のお礼は、要りません」
「じゃあ、おやつ」
(その言い方、二度目だぞ)
千晴が、包みをそっとのあのほうへ押した。のあは一つ取った。
今度は、誰のカメラも回っていなかった。
*
【暗闇】のあ(狙撃)の配信を語るスレ その11
3:名無しの探索者
灯り火の配信で野良猫の顔が映った件
5:名無しの探索者
リスだった
8:名無しの探索者
>>5
ほっぺに菓子詰めて固まるとこ、百回見た
11:名無しの探索者
のあちゃん側の画面、ずっと膝と包み紙と咀嚼音だったの草
二窓で見ると完成する
14:名無しの探索者
「捕獲はされてません」
「同行です」
「あれ、護衛じゃなかった?」
ここの流れ完璧
17:名無しの探索者
自分で格下げした野良猫
20:名無しの探索者
で、途中の「ほっぺに粉ついてるわよ」の人は誰なんだ
22:名無しの探索者
>>20
のあちゃん、あのコメント見た瞬間ほっぺ拭いてた
知り合いだろ
25:名無しの探索者
オネエ口調の保護者がいる野良猫
27:名無しの探索者
保護者、何者なんだよ
30:名無しの探索者
そのあと帰りのアリを天井から落としたの、誰も話してなくて草
あれ普通にすごいからな
33:名無しの探索者
>>30
ほっぺの前では全てが霞む
36:名無しの探索者
アーカイブ残ってた
食べ始めのとこは切ってある
「護衛です」は残ってた
38:名無しの探索者
灯り火、同接一万二千だって
おかえり記念がおやつ回
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その夜、家で作り置きの煮物を温めていると、端末が鳴った。
まさねぇだった。
『昼、見てたわよ。いい顔してたじゃない』
『コメント、まさねぇですよね』
『何のことかしら』
すぐに、猫のスタンプが一つ送られてきた。
(しらを切る気か。スタンプが猫の時点で自白だろ)
のあは返事をせずに、鍋の火を弱めた。
もう一度、端末が鳴った。
今度は、まさねぇではなかった。
『相原です。灯り火の皆さんとの同行について、一度お話をさせてください。先に、のあさんだけで。ご都合のよい日を教えてもらえますか』
のあは、しばらく画面を見ていた。
鍋の中で、煮物が小さく音を立てた。
(同行について。……俺だけ、先に)
のあは火を止めた。




