第12話 護衛ですから
仕事部屋の机に、装備が並んでいた。
真帆の短い魔銃。紗月が留め具を確かめている盾。千晴の鞄は口が開いていて、中身を一つずつ戻しているところだった。
のあは入口で足を止めた。
「……復帰、するんですか」
「うん、まずは短くね」
紗月が地図をのあへ向けた。
事件から三週間が過ぎていた。三人はよく休み、仕事部屋にいる時間も少しずつ延ばしていた。揃ってダンジョンへ入る話が出たのは、今日が初めてだった。
「この採掘区画。道も慣れてるし、深いほうには入らない。必要な分が揃ったら、そのまま戻る」
印のついた道は、三人がこれまで何度も受けてきた範囲だった。曲がり角はあるが、引き返す道も分かりやすい。
「余裕があっても、先へ延ばさない。今回はここまで」
紗月は同じ印を、もう一度指で押さえた。
「配信は?」
「続けるよ」
千晴が、カメラの電源を入れながら答えた。
「行く前に場所と日にちは言わない。帰ってから話せることもあるしね。潜ってるあいだは、作業の説明を少しするくらい」
のあは口を開きかけた。
(配信ごと休めば、変なのも寄ってこないのに)
けれど千晴は、使う機材を丁寧に一つずつ揃えていた。
(……やめたくないんだな。聞かなくても分かる)
のあは、開きかけた口を閉じた。
三人はもう、自分たちで予定を短くしていた。回収中は紗月が荷物を持つ。千晴は喋る場所を絞る。真帆は後ろの見張りを交代で受け持つ。のあが何か言う前に、線が引かれ、名前が書き込まれていく。
三人だけで、行くつもりらしかった。
「私、護衛でついていけますよ」
のあは地図を見たまま言った。
紗月が顔を上げた。真帆も、保護眼鏡を袋に戻しかけた手を止めた。
「その日、空いているので」
(本当は近くの別の依頼を入れようとしてたけど、それは言わない)
「離れた敵と、横から来るのは私が見ます。回収も――」
「回収は、私たちでやるよ」
紗月が言った。地図を引き戻したりはせず、余白にのあの名前を書き足す。
「護衛は、お願い。のあがいると安心する。でも、できることは私たちにもやらせてね」
のあは、書かれた自分の名前を見た。
「……わかりました」
(回収くらい、俺がやれば早いけど。……任せろってことか)
その夜、紗月から予定表が届いた。四人の名前が並び、のあの横には「同行」と書かれていた。
のあはそこを開いて、「護衛」に書き直した。
『遅れませんよ』
ついでに送ると、千晴から猫のスタンプが三つ返ってきた。
(……猫はやめろ)
*
「――配信、始めます」
当日、東管理区の異界型ダンジョンの入口で、のあは小声で言った。
ゴーグルの端の数字が、見たことのない速さで跳ね上がった。
『おかえり!!』
『待ってた』
『三週間ぶり』
『手入れ音のアーカイブで耐えてた』
『今日は何?』
「護衛です」
『誰の?』
のあが答える前に、横で千晴が自分のカメラに向かって手を振った。
「灯り火、今日から復帰です! 今日は護衛で、のあちゃんに来てもらってます」
『灯り火だ!!』
『よかった……』
『同時配信じゃん』
『二窓するわ』
(二窓って何だ。……ああ、両方開いて見るやつか)
のあは、コメントから目を戻した。
「水、予備も入ってますか」
入口で千晴に聞くと、千晴は鞄の脇を叩いた。
「入ってる。のあちゃんの分は?」
「あります」
「なら、よし」
(それは、こっちが聞いてるんだけどな)
真帆が、魔銃を少し持ち上げてみせた。
「練習して、動画で復習もしたから大丈夫!」
「はい」
四人は入口をくぐった。
*
最初のビッグアントは、曲がり角の先にいた。
灯具の明かりが途切れるあたりで、頭を左右に振っている。紗月が歩調を緩め、真帆へ手を上げた。
「正面、一体。私が――」
のあは撃った。
頭の下の継ぎ目に弾が入り、アリの脚が折りたたまれる。紗月が踏み出す前に、通路の真ん中が静かになった。
のあは銃口を戻しきらず、左の岩へ向けた。
別の一体が、低い岩の陰を伝って回り込んでいた。先頭を避けて、千晴の背後へ出るつもりらしい。岩の切れ目から頭が出た瞬間に、二発目を送った。
殻が石へぶつかる音。
千晴が振り向いたときには、それも動かなくなっていた。
「後ろのも、倒しました」
『はっや』
『出たよ』
『紗月ちゃん、構えたまま止まってて草』
「……ありがとう」
紗月が言った。途中まで上げていた手を、ゆっくり下ろす。
(誰にも触れさせてない。殻も無事。これでいい)
のあは次の道へ目を向けた。
*
少し開けた場所に出ると、正面の低い岩場に、ビッグアントが三体いた。
大きさの違う二体が並び、横に小さいのが一体。こちらとの間には、平らな床がある。
のあは撃つ順番を決めて、銃を上げかけた。
「のあ。この三体は、私たちでやってみたい」
紗月の声で、止めた。
敵から目は離さない。紗月がのあの横に来て、三体を順に指さした。
「見えてる分は、いつもの相手だから。のあは、横と上を見てもらっていい?」
のあは岩場の両脇を見た。三体の後ろは狭く、今見える範囲に別の影はない。上には裂け目があるが、角度をつければ縁まで見える。
「……正面の三体、お願いします」
「うん。増えたら教えて」
紗月が盾を構えた。真帆が後ろの位置を選び、千晴が短槍を握る。
(俺が撃てば、すぐ終わるのに)
三つの継ぎ目が、今も見えていた。撃てば殻は無傷で、三人は回収するだけで済む。帰りも早くなる。
『撃たないの?』
『あ、灯り火に任せるのか』
『のあちゃん、指ピクピクしてそう』
(してない。……してるかもしれない)
真帆が、自分で立つ場所を選んでいた。前に、のあが「半歩、こっち」と言った、あの角度に近い場所だった。
(自分たちでやるって言っただろ。見てろ、俺)
のあは右手の低い段へ上がった。正面の三体と、頭上の裂け目を同じ側から見られる。三人の前を横切らずに撃てる角度も取れた。
「上から、見てます」
紗月がうなずいて、前へ出た。
大きいほうが頭を持ち上げ、盾へ向かってきた。紗月は真正面で受けず、半身になって向きをずらす。盾の縁で頭を外へ流した。
もう一体が、紗月の脇へ回り込む。
真帆はもう、そこに立っていた。紗月の腕が射線をふさぐ前に、空いた横から一発撃ち込む。
アリが倒れた。
「一体、止めた」
「分かった」
その間に、千晴の短槍が小さいのを止めていた。岩へ逃がさず、殻の柔らかいところへ穂先を入れる。
紗月は盾で押さえていた一体の角度を変え、剣を継ぎ目に通した。最後の脚が床を擦って、止まる。
三人が、すぐにお互いの位置を確かめた。
(……ちゃんと、倒せるんだよな)
『灯り火つえー』
『真帆ちゃんの位置取り、前と全然違う』
『のあ先生の教えでは?』
『先生www』
(先生って呼ぶな。ノートの表紙だけで十分だ)
真帆が、こちらを見上げた。
のあがうなずき返したとき、ゴーグルの端に一行が流れた。
『上の裂け目、なんか脚見えた』
のあは、見上げるより先に銃口を上げていた。
岩の縁で、細い脚が動いていた。別のビッグアントが、頭を出しかけている。真下は、三人が立っている場所だった。
一発。
腹を撃ち抜かれたアリが、裂け目の奥の足場へ倒れ込んだ。殻の端だけが縁に残り、脚は二度と動かなかった。
「上に一体いました。倒しました」
のあは銃口を下げず、裂け目の奥を目で確かめた。続きはない。
「……ほかは、いません」
『教えた人ナイス』
『俺の目、今日も役に立った』
『いつもの人いて草』
(ありがとな。……本当に目が増えたみたいだ)
真帆が、上を見上げてから、のあのいた段へ目を戻した。
「そこからなら、頭が出る前に見えるんだ」
「脚が先に見えました。下に落とすと、そっちへ転がるので」
「もう撃てるようにしてたんだね」
「……あそこは、気になってたので」
(コメントに言われる前から、気になってはいた。嘘じゃない)
真帆が、少し笑った。
*
回収した殻は、六体分になった。
千晴が薄いものと厚いものを分け、紗月が上の一体を下ろし、真帆が周りを見ている。のあが袋に手を伸ばすと、千晴が先に口を締めた。
「こっちは平気。あとで私が説明するから」
のあは手を戻した。
(……任せる。任せるんだ、俺)
休憩に使う岩陰は、回収の前に見てあった。四人が入れる広さで、戻る道も見える。紗月が荷物を寄せ始めたので、のあは壁際に立ったまま、自分の携行食を出した。
(ここなら、食べながら通路も見られる)
「のあちゃん、こっち」
千晴が呼んだ。岩陰に並べたものを指さしている。
「通路が見えるので」
「見張りは、私が代わる」
紗月が、のあのそばへ来た。
「先に食べて。あとで交代しよう」
(俺が見てたほうが――)
言いかけて、紗月を見上げた。
さっき、三体を自分たちでやりたいと言ったときと、同じ声だった。
のあは携行食を持って、岩陰へ行った。
真帆が横の場所を少し空ける。千晴が、飲み物を取りやすいところへ置いてくれた。
座ると、足が思ったより重かった。気を張っていた分だけ、体がゆるむ。
「のあちゃん、これ」
千晴が、小さな包みを差し出した。
「焼き菓子。今日のために買ってきたの。護衛のお礼」
「……お礼は、要りません」
「じゃあ、おやつ」
「……」
のあは、包みを受け取った。
(餌付けだ。これは餌付けだ。分かってる。分かってるのに)
手が、勝手に包みを開けていた。
甘い匂いがした。
隣で、千晴が胸元のカメラに手を添えた。
「のあちゃん。ちょっといい?」
菓子を口に入れかけていたのあは、手を止めた。




