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第10話 記録は消えない

【悲報】人気解説配信者・鳴海悠斗の収録現場に、探索者が乱入して暴行


 その切り抜きが出回ったのは、事件から三時間後だった。


 三十秒ほどの動画。白い照明の部屋で、小柄な人影が大人の腕をひねり上げ、床へ叩きつける。骨の折れる音。男の悲鳴。そこで終わる。


 投稿したのは、鳴海のチャンネルの編集を手伝っていたという別のアカウントだった。


 *


【暗闇】のあ(狙撃)の配信を語るスレ その5


12:名無しの探索者

切り抜き回ってきたけど、これのあちゃん?

普通にやばくない?


15:名無しの探索者

>>12

その三十秒だけ見て判断すんな

アーカイブ全部見ろ


18:名無しの探索者

俺リアタイしてた

坑道出るとこから全部見てた

走りながら救護呼んでたぞ


21:名無しの探索者

アーカイブの該当時間まとめた

・12:41 真帆ちゃんから連絡、「今行く」

・12:42 走りながら管理区に救護要請(音声あり)

・12:52 扉の前、中から「帰るって言いました。出してください」(紗月ちゃんの声)

・12:53 男が「撮影中だ、帰れガキ」、のあちゃんを突き飛ばそうとする

・12:54 部屋の中、机の上に契約書

・12:55 男が千晴ちゃんの椅子に手を伸ばす


24:名無しの探索者

>>21

有能


27:名無しの探索者

「帰るって、何回言わせた」

ここで鳥肌立った


30:名無しの探索者

切り抜き、「帰るって言いました」の声のとこ全カットしてて草

悪意しかない


33:名無しの探索者

てか、灯り火の三人、明らかに動けてなかったよな

床に座り込んでたし


35:名無しの探索者

>>33

それ

何かされてたとしか思えん


38:名無しの探索者

のあちゃん、最後にカメラを廊下に向け直してから配信切ってる

三人を映さないように


41:名無しの探索者

一万八千人の前で、それができるの偉すぎる


44:名無しの探索者

鳴海のチャンネル、コメ欄閉じたぞ


 *


「これが、届いたメッセージです」


 研修棟の別室で、のあは端末を机に置いた。


 真帆とのやり取り。昨日の店の写真の下に、あの文面が残っている。


 調査担当の職員が、画面を記録していく。隣には相原が座っていた。のあの顔を見るなり、何も言わずに椅子を一つ近くへ引いてくれた。


「三人の状態は」


 のあが先に聞いた。


「命に関わる状態ではありません。搬送先で診てもらっています。……薬を使われていたことは、救護の検査で確認されました」


 のあは、膝の上で手を重ねた。


(……よかった。いや、よくない。でも、生きてる)


「話ができるのは、もう少し先です。今は休ませてあげてください」


「……はい」


 調査担当が、映像の再生を始めた。のあの配信のアーカイブ。坑道を走る足音。救護を呼ぶ自分の声。


 扉の前で、真帆を呼ぶ声。


『のあ……?』


 真帆の返事が流れたとき、のあは机の下で、手を強く握った。


「この時点で、中から退室を求める声を聞いていますね」


「はい。紗月さんの声です」


 職員は、次の記録を開いた。


「こちらは、現場で押収したカメラの映像です。奥田航平のものです」


 画面が切り替わった。


 白い照明の部屋で撮られた映像だった。


 動けない三人の前で、鳴海が紙を滑らせている。


『サインしてもらったら、すぐ救護を呼びます』


『気分が悪くなって、休んで、そのあと皆さん納得して契約した。奥田くんが、ちゃんと撮ってますから』


 紗月の声が、何度も重なる。


『同意はしません。救護を呼んでください』


 のあは、画面から目を逸らさなかった。


(撮ってますから、か)


 証拠を残すつもりで回していたカメラが、全部を記録していた。


「鳴海側は、あなたが撮影現場に乱入して暴行した、と主張しています」


 職員は画面を止めた。


「ですが、この映像と、あなたの配信、救護要請の記録、瀬川さんのメッセージ。全部の時刻が一致しています。あなたが先に救護を呼び、中の人が退室を求め、それを妨げていた相手を制圧した。そういう経過です」


「……はい」


「制圧の程度については、改めて確認します。ただ、三人に手を伸ばした相手を止めたことは、映像で確認できています」


 職員は、少しだけ声を落とした。


「動かなくなってからは、手を出していませんね」


「……止めました」


 のあは、自分の手を見なかった。


 *


「もう一つ、ご報告があります」


 調査担当が、別の資料を出した。


「三枝さんに届いていた、つきまといのメッセージです。窓口に相談が来ていたものですね」


 のあは顔を上げた。


「奥田航平の端末から、送信元のアカウントが見つかりました。十一個。全部、同じ人物です」


「……奥田」


「収録の日程を知っていたのも、制作側だからです」


 のあは、昨日の画面を思い出した。


『明日の収録、楽しみにしています』


 公開していない日付。


(考えすぎじゃ、なかった)


「瀬川さんが、搬送前に一言だけ話してくれました。収録中、奥田が三枝さんに『声が落ち着きますね』と言っていた、と。届いたメッセージと同じ言い回しだと」


 のあは、目を閉じた。


 真帆は、動けない体で、それも覚えていたのだ。


 *


 相原は、のあの端末を見ていた。


 通知が止まらない。知らない相手からの取材依頼、説明を求める声、応援、罵倒。題名に、のあの名前がいくつも並んでいる。


「のあさん。配信で説明しようとしなくていいです」


「でも、勝手に言われたら」


「言わせておきましょう」


 相原の声は、いつもどおり穏やかだった。


「元の映像は、もう調査担当に渡しています。救護の記録も、奥田のカメラも残っている。今は、全部を調べてもらいましょう。届いたものに、一つずつ返さなくていいんです」


 相原は、自分の連絡先を画面に出した。


「答え方で迷ったものは、全部こちらへ。のあさんは、三人の連絡を待つことだけ考えてください」


 のあは、しばらく端末を握っていた。


 それから、通知を一つずつ相原へ回した。


(俺のことだけじゃない。三人も映ってるんだ)


「お願いします」


「はい」


 *


 研修棟を出たのは、夕方だった。


 入口の前に、大きな影が立っていた。


 百八十を超える体に、白いシャツ。腕に紙袋を二つ提げている。


「まさねぇ」


「来たわよ」


 まさねぇは、のあの顔を見るなり、眉を寄せた。


「あんた、今日何か食べた?」


「……朝、パン」


「一枚でしょ」


「二枚です」


「一枚も二枚も変わんないって言ったでしょ」


 紙袋が、のあの腕に押しつけられた。温かい。中から、出汁の匂いがした。


「うどん。汁は別にしてあるから、帰ったら温めて。あと、おにぎり。それから、いつもの作り置き」


「……多いです」


「多くないわよ」


 まさねぇは、のあの頭に手を伸ばしかけて、止めた。のあが男に触られるのを苦手にしていると、知っているのだ。


 代わりに、しゃがんで目線を合わせた。


「配信、見てたわよ。最初から最後まで」


「……」


「よくやったわ。あの三人、あんたが来なかったら、どうなってたか」


 のあは、紙袋を抱えた。


「……遅かったです。前の日に、気づいてたのに」


「バカね」


 まさねぇは、ふっと笑った。


「気づいてたから、あんたは一番近くにいたのよ。十分で走っていける場所に」


 のあは、何も言えなかった。


 紙袋が、腕の中で温かかった。


「さ、帰って食べなさい。食べて、寝る。三人の連絡が来たとき、あんたがふらふらだったら、向こうが心配するでしょ」


「……はい」


 のあは歩き出した。


 角を曲がる前に、一度だけ振り返った。まさねぇは、まだ入口の前に立っていた。


 *


 三日後。


 鳴海悠斗のチャンネルは、全ての動画が非公開になっていた。


 所属していた事務所は契約を解除し、協会は鳴海、奥田、矢野の探索者資格を停止した。刑事事件としての捜査も始まっている、と報じられた。


 鳴海たち三人は、重い怪我だった。病院からは、探索者としての復帰は難しいと伝えられたらしい。


 スレッドの流れは、とっくに変わっていた。


【暗闇】のあ(狙撃)の配信を語るスレ その8


55:名無しの探索者

切り抜き上げたアカウント、消えてて草


58:名無しの探索者

鳴海、自分のカメラで自分の悪事を全部撮ってたの、因果応報すぎる


61:名無しの探索者

「奥田くんがちゃんと撮ってますから」

撮ってたな、ちゃんと


64:名無しの探索者

で、灯り火の三人は無事なの?


67:名無しの探索者

>>64

千晴ちゃんのアカウントで、「三人とも休んでます、ありがとう」って一言だけ出てた


70:名無しの探索者

よかった

ほんとよかった


73:名無しの探索者

のあちゃんの配信、あれから止まってるな


76:名無しの探索者

そりゃそうだろ

戻ってくるまで待とう


79:名無しの探索者

寝る前にアーカイブの手入れ音流して待つわ


 *


 その夜、のあは一人で、うどんの汁を温め直していた。


 まさねぇの作り置きは、半分に減っている。


 端末が鳴った。


 相原からだった。


『搬送先から連絡がありました。明日、短い時間なら、三人と面会できるそうです』


 のあは、コンロの火を止めた。


 画面を、もう一度読んだ。


 三人と。


 のあは返信欄に『行きます』と打った。


 送信してから、しばらく、その文字を見ていた。

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