page.94
乗船の時間になった。
この船は、大きめヨットと言えばいいだろうか。
10人程度なら余裕で乗れるが、20人だとギリギリかも。
船に渡された板が、船の揺れにあわせて少し揺れる、あのゆらりという感じがちょっと苦手だ。
だって湖だろうがプールだろうが、俺は泳ぐのが苦手だ。万一水の中に落ちると想像するだけで、胃のあたりがちょびっとだけきゅっとなる。
だから、アドがこの世界の海は冒険の舞台じゃないと言った時、ほんとにほっとしたのだ。内緒だけど。
それにしても久しぶりの船旅だ。湖面を眺めているうちに、1時間足らずでイルー島に着いた。
この小さな島にあるおばばの家は、船着き場から歩いて10分程のところにぽつんと建っている。ちなみに村とは逆方向だ。
『エイト、行列が見えますね』
「ああ、午前中の船で来た人たちもまだ並んでるのか。まあ、おばばはいつものんびりしているからな。」
こういう時にスマホがあると暇つぶしにいいのに…と思いながら最後尾に並ぶ。俺は15番目くらいか。
各地のギルドで貰ってきたマップを見たりしながら時間を潰していた。こんな時の為に勉強用の本のひとつくらい買っておけば良かったと思うのは、シェアハウスの彼らの影響だな。
2時間くらいは待ったか、ようやく最後の俺の番になった。
「エイトだね。待ってたよ。」
おばばの家の、占い部屋の手前でその声が聞こえた。
「相変わらずだな、おばば。もうびっくりしないよ。」
そう言いながら部屋に入っていくと、いつものように小さなテーブルの後ろに座っているおばばの姿があった。
100歳近いという、その小柄な老女は高名な預言者だ。昔はダルメル王国の王家専属だったが、辞してこの島に隠居している。
ここに彼女が居ることを知る人は多くない。来ている人たちは誰かしらの紹介だ。
俺はおばばの正面に座った。ちょっと痩せたかな。
「ほんと久しぶりだな。元気そうで嬉しいよ。」
「まあね、でもそろそろお迎えがくるのさ。お前に会うのもこれが最後になる。」
いつものように、面白くも無さそうな顔で返事をするおばば。
そんなこと言わないで、とは言えない。彼女はもう自分の運命も知っているのだから。
「ところでエイト。地図を手に入れただろう。」
「ああ、ダンジョンで見つけた。どこの場所か全く分からない物だけど。」
「それは、1枚では意味を成さないんだよ。もう1枚を見つけなきゃダメだ。フィルマルト王国でな。それもまた、ダンジョンに隠されている。」
「フィルマルト!?また遠いな……」
結局、この世界中を旅しなきゃなのか……
げんなりする俺に、彼女は言葉を続けた。
「その2枚の地図には、この世界の大きな秘密が隠されている。それを明かさないことには、お前の旅は終わらない。」
「おばば!俺の旅の理由を知っているのか!?」
「ああ、お前の本当の正体もね。言うことは禁じられているけれども。」
おばばはなんでも見通す預言者だ。俺の旅の目的を知っていても不思議じゃない。でも、俺が本当は勇者なんかじゃないことまでお見通しとは……
俺はおばばの顔を見つめた。いつもと同じ無表情。でもその目には感情が隠されているように思えた。
「ふぅ……お前も難儀なことに巻き込まれたもんだ。でも頑張りな。お前なら大丈夫だ。」
「ありがとう、おばば。ひとつ聞いていいかな。その地図が隠されているダンジョンって、フィルマルト王国のどの辺りにある?」
片っ端から探すには範囲が広すぎる。ダメ元で聞いてみた。
「1枚目をどこで見つけた?そこには他のダンジョンとは大きな違いがあっただろう。」
大きな違い……
確かあのダンジョンへは、ダルメル王国に入ってから、ギルドの依頼でバルマス王国に引き返して行ったんだ。
以前通りがかった時には魔族がいて……
「魔族か!?まさかアイツは誰も立ち入らせない為に……」
「そうだな。それは地図の門番だ。お前が地図を手に入れる時が来たので、そこを去り移動したのさ。」
まさか……あのワーウルフ大量発生は、俺をあそこに戻らせるために起きたことだったのか。
「お前はフィルマルト王国でそれに再会する。そこで地図を手に入れるといい。それからドワーフの国に行くんだ。いいな、順番を間違えるんじゃない。」
「おばば…あんたは一体どこまで知ってるんだ。俺の旅はいつ終わるのか…教えてくれないか?」
「エイト、悪いが私に言えるのはここまでだ。後は自分でやるんだよ。」
そうだよな、アドからこの本のあらすじは聞いている。
そして、おばばにこれからの詳細を教えて貰って、終わりに近づいてゆくのが見えてきた。
「ありがとう、おばば。凄く助かった。俺、頑張れそうだ。」
「そうさな。急ぎすぎないようには気をつけるんだね。ああそれからな。お前は帰ったら熱を出すぞ。」
「うぇっ!風邪ひくのかな?」
「知恵熱かも知れんぞ?周りに影響されてな。」
くくっ…と笑うおばば。彼女の笑い声なんて初めて聞いた。
「じゃあエイト。元気でな。」
「ありがとう。おばばはいつも金は要らんというから、代わりにこれを置いていくよ。」
「ああ、ピクシーからもらった蜜だね。滅多に手に入るもんじゃない。ありがたくいただくよ。」
会うのは最後か。
俺はその言葉を噛み締めながら、帰りの船が待つ船着き場へと向かうのだった。




