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俺はウタン村に立ち寄っていた。今日はここで一泊するつもりだ。
いつもながら簡素で清潔な、落ち着いた小さな宿だ。
「エイトさん、いつもご利用ありがとうございます。わざわざこの村で宿泊する人はあまり居なくてね、相変わらず掃除ばかりしてますよ。」
宿の主人はそう謙遜するが、街道外れの小さな村にあるこの宿は、知る人ぞ知る穴場的な宿。宿の裏にある天然の露天風呂も楽しめる。
俺はこの穏やかな空間が大好きなのだ。
この村に来るといつも利用するのが、村の中央にあるおにぎりバーだ。米の生産が盛んなこのダルメル王国には、あちこちにこういったおにぎりバーがあり、どこも食べ放題形式だ。
おにぎりに具を混ぜ込んでいるタイプや、具を別添えにしているタイプがあり、ここでは混ぜ込み式だ。
具は肉や魚や野菜だが、ほぼ素材の味ばかりで味付けが薄いこの世界。しかし俺は高級品の塩を持っている!やはりおにぎりには塩が必須だよね。
お昼を過ぎた店内の客は俺ひとり。窓際の席にするか。
カウンターから取ってきたおにぎり5種をテーブルに置き、さて頬張ろうとした時、その騒ぎが聞こえてきた。
「お客様、申し訳ありませんが、それはうちではやっていないのです。」
店員がなにやら困っている。
ん?あそこに居るのはドワーフ!?
「なんでだ!ワシは具だけ分けてくれと言っているだけじゃないか。金はちゃんと払う。」
なんだなんだ?おにぎりの具だけ?
奥から店長も出てきて話をしているが、まだ揉めているようだ。ちょっと行ってみるか。
「どうしたんですか?なんか聞こえてきたんですけど。」
「ああ、エイトさんでしたか。いつもありがとうございます。いえね、こちらの方が当店のおにぎりの具だけ分けて欲しいと言われておりまして。初めてのことなのでどうすればいいのかと。」
俺はそのドワーフを見た。
如何にもドワーフという出で立ちだ。小柄でがっしりした体つきに大きな黒目を輝かせ、眉間にシワを寄せた頑固そうな顔をしている。
「俺はエイトと言う。ただの客だが、あんたはどうして具だけ欲しいんだ?」
「うむ、挨拶痛み入る。ワシはプァンドゥダァと言う。」
「…え?パンダ?」
「パンダではない!プァンドゥダァだ!」
ややこしい名前だな。まあドワーフにはこういう名前の人が多いけど。
「そうか、ごめん。で、どうして具だけ欲しいんだ。」
俺は質問を繰り返した。
「もちろんパエリアを作るのだ!」
は?パエリア?
よく見るとこのドワーフが背負っているのは盾かと思ったらパエリアパンなのか。ほぼ彼の身長くらいあるじゃん。
「うむ、ワシは基本的にパエリアしか食わん。パエリアを作ろうとしたが、米は持っているが具が無い。だから分けてもらおうと思ったのだ。」
なるほど……
いや、分からん。
ここじゃなく店で買えよ。それを柔らかく言うと、パンダ、じゃないプァンドゥダァは大きな黒目をさらにカッと見開いて言った。
「なるほど!それは盲点であったな!さっそく行ってくるとしよう。感謝するぞエイト殿。」
そう言って、ドワーフはどかどかと店を出ていった。
何だったんだ……
俺と店長は顔を見合わせて苦笑してしまった。
俺は席に戻り、ようやくおにぎりを口にする。店員が温かいお茶を入れなおしに来てくれた。
「変わった方でしたね。」と店員も苦笑している。
「ああ、ドワーフはまあまあ頑固な人が多いからな。」
しかし、あのパンダ、なかなかめんどくさそうな奴だったな。まあ素直っちゃ素直だったけど。
ドラゴン攻略にドワーフがメンバーになることになっているが、もう少し扱いが簡単な奴だと嬉しいけど。他がもう既に大概な奴らだし。
しかし、俺はあんなドワーフばかりの国に行かなければならないのか…実際、前途多難だな。ほんとに彼らの諍いを収めることなんてできるのか?
ふわりと漂うお茶の湯気を見ながら、俺は重いため息をついてしまうのだった。
露天風呂を楽しんだ後は、宿の心尽くしの夕食をいただく。ああ、もうこのまま隠居したい。
…なんて、叶うはずもないことを考えながら、俺は穏やかに眠りにつくのだった。




