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翌朝、俺はさっそくチャーションに向けて出発することにした。
早朝出発する俺に、宿の人はわざわざお弁当を用意して持たせてくれた。朝昼兼用にしていただければと、サンドイッチやゆで卵、パスタ、ピザなどが入っているらしい。わ、マジこれ助かる。
その大きな包みをマジックバッグに入れ、お礼を言って宿を後にした。
国境近くのボードラ村を目指す道すがら、相変わらずクーリガルドへと向かう馬車が駆けているのが何度も目に飛び込んでくる。
貴族め…と、昨日温浴施設に入れなかった恨みを込めて睨んでしまった。
歩いているうちにかなり強い雨が降ってきた。
エミルが作ってくれたパーカーのフードは、少しくらいなら雨を通さないよう加工してくれているのでありがたい。
さっとかぶって森の中に移動し、雨宿りできそうなところを探す。無ければテントを張って休憩するか…
すると、森の奥の方からワイワイ騒いでいるような声が聞こえてきた。人が集まっているのか?
前に見える洞窟のような穴の中に何人か居るようだ。
行ってみると、冒険者のパーティーが雨宿りをしていた。装備からして駆け出しから中堅ってとこか。
「こんにちは。俺も雨宿りしていいかな?」
彼らは俺を見ると、スペースを空けて招き入れてくれた。剣士ふたりと魔導士、盾役の4名だ。
俺は彼らの横に座り、少し遅い朝食用にサンドイッチを取り出した。ハムやたまごを挟んだものが一口サイズにカットされており、そのボリュームは軽く3名分はありそうだ。
多めに作ってくれてたんだなと思いつつ、彼らにも少し勧めてみた。
リーダーで剣士のプライムは貴族に連なる者らしく、言葉づかいがとても丁寧だ。
「クーリガルドの方へ行くのですか?俺たちはここから30キロほど先のダンジョンの攻略に向かったのですが、あの辺りの道で魔犬らしいものを見かけたのです。」
プライムはハムのサンドイッチを一切れ取り、言葉を続ける。
「まあ、もしかしたら大きな野犬というだけで、魔犬かどうかは確証はありません。しかしパーティーのメンバーの命を預かっているからには、無用な危険は避けていきませんとね。」
それで戻ってきたのだとプライムは言った。
無理もない、それが本当に魔犬だとしたら、その辺りにそいつの飼い主の魔族が居るかもしれないからだ。
しかし、魔族がいるとしたら厄介だな…さすがに強いパーティーを組まないと、魔族なんて攻略はできないぞ。
雨が上がり、彼らと別れた俺は、とりあえずこのまま進んでみることにした。
プライムは気休めですが…と、俺に護符用のアミュレットを手渡してくれたのでありがたくもらっておいた。彼らはバンシルに戻り、ギルドに報告しておくそうだ。
俺は徒歩と風魔法を使い、半日でプライムの言っていたダンジョンの辺りに到着した。
地図を見ながらアドに聞く。
「アド、彼らの言っていたダンジョンってこの辺りだと思うんだけど…」
その俺の言葉が終わらないうちに、辺りの空気が急激に冷え、背中に嫌な汗が流れる。
「おやおや、これはこれは。勇者様にはお初にお目にかかります。」
妙に耳に粘つくような、なのに妙に明るいその不快な声。
弾かれたように声のしたほうを見ると、少し高い崖の上に、紅蓮の髪と紅い眼を持つ黒衣の男が立っていた。
その男は音もなく目の前に降りてきた。とてつもない美形だが、異様に冷たい雰囲気をまとっている。
その傍らに、2頭の大きな黒い魔犬が寄り添うように現れ、その足元に伏せる。
「……魔族だな。」
その威圧感にようやく声を絞り出す。これはかなりの高位の魔族だ。
「いかにも。まあ、そんなに警戒されずとも。ただ、貴方様をお見かけしたのでご挨拶に参ったまでのこと。」
俺は、顔から流れ落ちる汗を拭いもせず、そいつに話しかけた。
「どういうことだ…今は戦いはしないということか?」
その魔族はクククッと愉悦を含んだ笑い方をし、手を広げて戦いの意思は無いことを示した。
「ええ。わたくしたちは勇者エイトのじゃまはしないよう仰せつかっております故。ただ、世界を少し退屈ではない程度に騒がせておく役目でございます。」
「ということは、人間たちと戦うこともない。そういうことか?」
「ええ…まあ、そうご理解いただければよろしいかと。」
親しげに微笑みかけてくるが、目はまったく笑っていない。
その魔族は芝居がかった仕草で、クーリガルドへの道を指し示すようにお辞儀をした。
「勇者様、どうぞ先に進まれますよう。旅の安全をお祈りしております。」
愉快そうに笑みを零す魔族の視線を後に、俺は訳がわからないまま、何故か足取り重くも、とにかく先に進むしかなかった。




