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俺は宿に戻り、のんびり湯船に浸かっていた。
変装用のエルフのスカーフは当然取らなきゃならないので、特別料金を払って1時間貸し切りにしてもらっている。とはいえ宿泊客はほとんど居ないんだけど。
「ダンジョンは、地下から掘り上げた道……」
それは想像を絶する旅路だっただろう。いつになれば到着するかも分からないまま、暗闇の中を掘って進むんだ。正しく進んでいるかも分からない。怖いなんて言葉じゃ表現できないよな。
「あれ…でも、待てよ。世界には人間、ドワーフ、エルフしかいなくないか?コボルトと魔族はちょっと置いといて。」
リッチは『多くの種族』と言っていたよな?その種族たちはどこへ行ったんだ?
「うーん…」
俺は腕組みしながら考えていたが、湯船に浸かりすぎて、ちょっとのぼせそうになってきた。
部屋に戻り、ベッドに寝転んで考えていた。
「うーん、もうちょっと聞いておきたかったな。」
『リッチにですか?』
「うん、ダンジョンは道だった。それは分かった。けれども、出られた色んな種族の人たちはどうなったんだ?人間だけが生き残ったのかな?」
『そう思うなら、そうなのでは?』
「……また適当だな。」
アドがこういう風に言う時は、教える気がないってことだ。もしくは言えないのか。
「とりあえず寝る。明日はサルティオルトに戻る前に、港を見に行こうかな。」
『昼過ぎの馬車の便しか取れなかったですからね』
なんと午前中の馬車は、ここに来た時点で帰りの予約をしようと思ったら満席だらけだった。なんとか昼過ぎの便が一席だけ残っていたのが取れたんだ。
そして翌朝、俺は港で予想もしない人物に出会う。
港の風が気持ちいい。常夏のフィルマルト王国だが、湖の近くは涼しい風が吹いている。
近くの売店で、貝の串焼きを買ってぶらぶら歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。
「君、もしやエイト君か?」
ドキッとして、咄嗟に首元を触った。エルフのスカーフはちゃんとつけている。変装は解けていないはずだ。
声のした方を振り返ると、なんとそこにはフィルマルト王国南部のセレチャルトにある、研究所所長のキース教授の姿があった。
げげ!キース!
しかもなんで俺だと分かった!?
キースは振り返った俺を見て不思議そうな顔をした。
「おや、すまない。人違いをしたようだ。知り合いに似ているような気がして声をかけてしまった。」
相変わらず妙に鋭い女性だな。しかし、超多忙な彼女が何故ここにいるんだ?タルスは一緒じゃないようだな。
「いいえ、大丈夫です。じゃあ僕はこれで……」
「その手に持っているもの、美味しそうだな。どの店で買ったか案内してくれないか?」
俺が話している途中に、遮ってキースは言った。視線は俺の持っている串焼きに注がれている。
俺は仕方なくキースを店に連れていった。彼女は真剣にどの串にしようか迷っているようだ。
「では、失礼しま……」
キースは俺の腕をガシッと掴んだ。
「待ってくれ。これはどちらの味の方が良いと思う?」
確かに塩味と甘いタレ味がある。
「……気になるなら、両方買えばいいのでは?」
「なるほど、合理的だ。おい、1本ずつくれ。」
もう!俺ほんとこの年上の美人が苦手なんだ。
キースはひとつずつ別々の袋に入った物を受け取り、代金を支払っていた。
彼女は俺を振り返って微かに笑った。
「すまんな。初対面なのに付き合わせて。何故だか君とは話しやすそうな気がしてしまった。私はセレチャルトに住んでいるキースと言う。君は地元の者か?」
「あ…俺…いや、僕はシェイドといいます。ちょっと友人を訪ねに来てました。昼の便で首都に帰ります。」
「君は首都の者か。そういえば今日から収穫祭だな。サルティオルトはさぞかし人が多いことだろう。」
キースは塩味の串を豪快に噛みちぎりながら話してした。そんな仕草をしていても美人には変わりない。
「キースさんは、何故ここに?」
「ああ、ちょっと息抜きだな。たまに湖を見に来る。セレチャルトには湖は無いからな。」
そうなんだよね。この国で湖に面しているのはこのシェルナートとファルナートだけだ。川も無いし……
「川が無い……!?」
そうだ、この世界には川が無い。森の中に湧き出る泉は多いが、川は?
俺は思わず湖を見た。この湖はどの季節でも水の増減は無い。何かが不自然だ。
「どうしたシェイド君。急に怖い顔をして。」
キースがきょとんとしている。この知りたがり教授に俺の疑問をぶつけて良いものか……
いや、それは危険だ。危険が過ぎる。
このキースは疑念に向かってあたり構わず突っ走る。彼女にだけは、俺の持っている情報を与えないほうが良い。
おまけに、彼女は以前俺にこう言ったこともある。
『全ての亜人はひとつのものから派生した存在ではないかと考えている』
だからその証拠をダンジョンで拾ってこいとムチャ振りされた。まあ似たような証拠を拾ったといえば、拾ったというより聞いたんだが…
ここは本気で俺だと気づかれる前に離れなきゃ!
「キース…さん!馬車の時間が迫っているので失礼します!休暇、楽しんでください!」
そう言って俺は彼女を置いて走りさった……というか正直いって逃げ出した。




