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「勇者エイトよ。お前はダンジョンボスを悪だと思っている。しかし、我を倒そうとはしていない。それは何故かな?」
リッチが俺に問いかけてくる。ほんとこの人、いやリッチは質問が多いな。
「それは…初対面からあんたが俺を殺そうとしなかったし、俺もあんたを悪い奴だとは思えないからだ。」
「そうか……」
リッチはふっと笑った。それは魔物というより、俺たち人間の感情に近いもののように思えた。
彼は抱きしめていた枕をそっと傍らに置き、座り直して話し始めた。
「お前の質問は、ダンジョンが道なのかということだったな。その通りだ。ダンジョンはかつては『道』だった。」
「道だった?」
「そうだ。魔族により、地下へと追いやられた種族が、地上に戻る為に掘り上げた道だったのだ。」
「魔族が?そんな話、聞いたことも無いぞ。」
魔族は湖の真ん中の魔王城に居て、その湖を取り囲むようにある大地に人間とドワーフが住んでいる。
その他に種族がいるなんて話、聞いたことがない。
「まあ、我々は今の人間の歴史には存在しないものらしい。かつては同じものであったというのに。」
リッチは、自分のことしか知らないが…と前置きをつけて話してくれた。
かつて地上は争いのない平和な世界だった。多くの種族が仲良く暮らしていた。リッチの元の種族もその中のひとつだ。
ある時、突然どこからか魔族が現れてこの世界を襲い、元々住んでいた種族たち全てを地下へと追いやった。彼らはばらばらに地下の狭い空間にいたが、やがて地上へ戻ろうと行動を始めた。
地上に向かって、道を掘り始めたのだ。
「我はその種族のリーダーだった。しかし、道を掘り進めるのは容易では無い。その道の中に仮の住まいを作りながらだ。次々と仲間は倒れ、また新しい命を繋ぎながら進んでいったのだ。」
俺は静かにリッチの話を聞いていた。口を挟むことなんてできなかったからだ。
「……長い地中生活のせいか、我々の心身は異常をきたし言葉を失っていった。また、リーダーである我は地中の魔力を浴びすぎたのか、死ぬこともできぬ身体になった。そして、残った皆を守りながら、ただひたすら地上を目指した。」
リッチは一息ついた。
「数百年後、我は幾人かの仲間を地上へ送り出したよ。しかし、我以外にも地中で暮らすしかできなくなったものたちが多く残った。それがお前たち人間が『魔物』と呼ぶものだ。」
「……ちょっと待て。その話だと、魔物と人間は元々は同じだったということか?」
キース教授がそんな仮説を立てて俺に話していたが、まさか本当にそんなことって……
「じゃあ、人間は、元は同じものだった魔物を倒しているのか?そんな酷いことを、俺たちはやってきたのか?」
「ああ、そこは深く考えなくてもよい。」
何故か軽くリッチは言った。え?と驚いて彼を見ると、リッチは少し笑っていた。
「魔物が倒されると何故魔石を残すと思う?」
それは常々俺も疑問だった。生き物が何故石に変わるんだと。
「それがダンジョンボスの仕事よ。仲間が倒される直前、彼らを転移させて代わりに魔石を残すのだ。そうすると人間は魔物を倒した証拠を持って、安心して帰るだろう?」
リッチはいたずらっぽく笑っていた。何故かそれに安心して、俺もつられて笑ってしまった。
「じゃあ、人間を襲う魔物というのは……」
俺のその言葉にリッチは暗い顔をした。
「あれは魔族の仕業なのだ。我も目撃したことがあるが、奴らは勝手にダンジョンの中で魔法陣を使い、ダンジョンの生き物を模倣したものを解き放つのだ。全く迷惑なことじゃ。」
「リッチ…俺が以前会ったことのある魔族が言ってた。『世の中を退屈でないよう少し騒がせておく』って。そういうことだったのか……」
リッチは眉をぴくっと上げた。不快に感じたのだろう、この場の空気が冷え込んでいくのが分かった。
「なにはともあれ、勇者エイトよ。この話は他言無用だ。人間がダンジョンに来なくなるのもまた困るのでな。」
「え?何でだ?」
「ダンジョンと我々が生きていくためには、人間からほんの少し生命力をいただく必要があってな。その代償として魔石を支払う。公平だろう?」
リッチは乾いた笑い声を立てた。何故かそれがおかしくて仕方がないというようだったが、俺には楽しくて笑っているようには見えなかった。
「これが我々が地下に閉じ込められ続けているという呪いの物語だ。参考になったかな?」
「ああ…ありがとう。リッチ、よく分かった…と思う。」
彼は俺に優しい笑みを向けた。
「なかなか楽しい時間であった。さて、我はお前がくれたこの枕でゆっくり眠るとしよう。もう会うことはないと思うが元気でな。」
リッチがぱちんと指を鳴らすと、俺は椅子に腰掛けたまま、ダンジョンの外の山道に居た。俺は立ち上がり、椅子をマジックバッグにしまった。
リッチから聞いた話をうまく消化できないまま、山道を降りて宿への帰路についたのだった。




