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宿に滞在して3日目の朝、俺はクラリスさんと一緒にシーツを干していた。
「ありがとうね、エイトさん。エイトさんは背が高いから助かるわね。」
低いところの洗濯物を干している小柄なクラリスさんは、この宿の奥さんだ。
俺たちの足元では鶏たちが元気に走り回っている。さっき頂いた朝食のパンに添えてあったのは、この鶏が今朝産んでいた卵のスクランブルだ。
ちなみに朝はパンと産みたて卵と決まっているらしく、昨日はベーコンエッグだった。
昨日近所を歩いてみて気づいたのが、この近隣の家にはたいてい広めの庭があり、どの家も同じように鶏を飼っているようだ。あまり大きな声が出ない種類のようだが、それでも朝は鶏の鳴き声で町が一斉に目覚める。
「はは、ワシらは慣れてますが、エイトさんにはうるさいかもしれませんな。」
「こんな面白い目覚ましは平気ですよ。」
シーツを干した後は、クラリスさんに「部屋を掃除するので散歩でもしてきなさい」と追い出された。
この小さな町ハウンカには冒険者ギルドが無いので、まず冒険者に出会うことがない。旅人が通るところでもなく、地元の人々だけの本当に平和な町だ。
コッコッと鳴いている鶏や、どこかで犬の鳴き声と、子どもたちが楽しげに遊んでいる声が聞こえてくる。
雑貨屋があったので何があるかなと覗き、紙とペンを見てふと思いだした。シェアハウスのメンバーに、送別パーティの時に貰った皮の表紙の手帳とペンがあったじゃないか!
そうだ。帰ったらあの手帳に、これまでのことと、今後のことをまとめてみよう。
果物屋さんでリンゴを2つ買い、ひとつは食べながら歩いた。またたくさん買ってハクにあげたいが、ハクに会うのもしばらく後にすると決めた。
以前アドが言っていた。『俺が行くまでクエストは固定される』と。だから焦ることはない、いや今は焦らないと決めたんだ。
「ただいま。」
キッチンにいたクラリスさんに声をかけた。何か煮込んでいるようだ。良い匂いがしてる、シチューかな?
「エイトさん、お帰りなさい。お部屋の掃除は済んでますよ。」
「クラリスさん、ありがとうございます。」
「もうちょっとだけ待っててくださいね。バランが帰ってきたらお昼にしますからね。」
「はーい。」
リビングに入ると、テーブルの上の細い花瓶に可愛い花が飾られており、常温に冷ましてあるお茶のボトルも置いてくれていた。もうひとつのリンゴは後で食べようと、そのボトルの横に置いた。
俺はマジックバッグから、手帳とペンを取り出した。
それを見ると、「まだ使ってなかったの!?もう!ちゃんと使うのよ!」とメイリンが言うのが聞こえてくるようで、思わずふっと笑った。
そして、手帳の紐を解き表紙を開くと、なんとそこには皆の寄せ書きがあった。
『楽しかった!また美味いもん食べましょう!俺作りますよ。』
ジェリコの豪快な字だ。
『仲良くしてくれてうれしかったよ。ハクもね。また会おうね。』
ヒマリのまるっこい字で書いてある。
『いろいろ教えて下さってありがとうございます。魔導馬車ができたら乗ってください。』
ユアンは字も几帳面だな。
『一緒に旅できて楽しかった。エイトさん大好き!冒険頑張ってね!』
メイリンの元気いっぱいの字だ。
『貴方のおかげで将来の夢が決まりました。ありがとうございました。またお会いしましょう。』
マイルのキレイな字で書かれていた。
俺はまた涙が零れた。シェアハウスのメンバーと一緒に暮らしたり、旅行したりと楽しく過ごしたあの2カ月ちょっとの日々は、皆も楽しいと思ってくれていたんだ。
俺は涙を拭いて次のページを開いた。すると、そこからぽろっと小さな袋が落ちた。中には正方形の水色の紙が数枚入っているようだ。
挟まっていたページを見ると、マイルの字でこう書かれていた。
『この紙を水に浮かべると、なんと僕と話ができます。』
「ええっ!?」
思わず声が出た。これはマイルの魔法が仕込まれた紙なのか!?
俺は心を落ち着けた。今は昼前だ。マイルは学術施設で勉強の真っ最中だろう。これを使ってみるなら夜にしよう。
びっくりして当初の目的を忘れるところだった。
とりあえずノートをまとめていかなきゃな。
俺は手帳の、何も書かれていないページを開いた。




