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俺の宿泊先については、なるべく街の外れにある安宿にしてもらうよう頼んだ。
宿はだいたい都市の中央部に集まっている。便利な地区をわざわざ避けて、街の外れ側を選ぶ客はそういないだろうと思うからだ。
アルトはリヴァリエル邸に近い都市部の高級宿にしたかったようだが、俺はそれは断った。まさか噂の勇者が安宿にいるとは思わないだろうからその方が良いと言うと、渋々納得はしたように見えた。
……と思っていた俺より、アルトの行動は遥か斜め上を突き抜けていた。
ビンスタスの南側にある工業地区より更に南に位置するそのエリアは、この国らしく米の農園が広がる地帯だ。
そのエリアにアルトが手配してくれたその宿は、民家に紛れるようにあった。少し大きな家にしか見えないその場所は、老夫婦ふたりが経営しているという、一日に一組しか泊めないという宿だった。
……いやいや。これ、違う意味でかなりの高級宿じゃね?
そう言うと、アルトはさも当たり前のような顔をしていた。
「俺の大切な友人を、訳の分からない安宿なんかにやれないだろ?」
アルトはにっこり笑って言った。
「まあここでしばらく寛いでみたら良い。何かあったらいつでも言ってくるように。」
「……しかしまあ、アルト様がいきなり来られたのでびっくりしましたよ。ワシらのことを覚えていてくださったとは。」
宿の小さな食堂というかキッチンのテーブルで、宿の亭主のバランさんはにこにこして話してきた。
「アルトがさっき言ってましたね。バランさんは昔リヴァリエル邸の庭師だったと。」
「ええ、アルト様とマイル様のことなら3歳くらいから知ってますよ。坊ちゃんたちは本当に可愛らしい双子でしたねぇ。マイル様はお花が好きで、いつも主人の後をついて回っては、花の名前を聞いていたものですよ。」
バランさんが話をしている間、奥さんのクラリスさんがお茶のお代わりを入れてくれた。このお茶は米の葉を焙じたものだそうだ。なんだか日本茶のようで、落ち着いた香りと味がしていた。
「この家に滞在中は好きに過ごしてください。夕食は部屋に運びますかな?それともこちらで食べますか?その場合、ワシらと一緒になるかもしれませんが。」
「そうですね。じゃあここに置いておいてください。部屋で食べる場合は自分で持っていきます。」
ふたりが案内してくれた俺の部屋は2階の部屋まるまるだ。
そこには3つの部屋が並んでいる。
ベッドルームとリビングルームは、部屋の中の扉からでも行き来できるようになっていて便利だ。もうひとつはトイレとお風呂。
ベッドルームにはダブルサイズの柔らかいベッドとクローゼット。リビングにはテーブル、椅子やソファもあり、本のぎっしり詰まった本棚が置いてある。
なんかまるっきり家って感じだ。
「お部屋は3日ごとに掃除して、シーツもその時に取り替えますね。お風呂とトイレは毎朝磨いておきますから。」
そう言ってにっこり笑うクラリスさん。
「ワシらの部屋は1階の南側です。そこにいなければ、どちらかが庭かキッチンにおりますんで。夕食ができたら、そこのベルが鳴りますので降りてきてくださいね。まあ、自分の家だと思って寛いで過ごしてください。不便があったら、いつでも言ってくれたら改善しますので。」
バランさんはそう言って俺に家の鍵を渡し、ふたりは階段を降りていった。アルトによると、とりあえず3ヶ月借りたとのことだ。いや、長くね?
俺はとりあえずベッドルームに入り、柔らかいベッドに腰を下ろした。
「はぁ~…」
なんか自然とため息が漏れた。
思ってたのとは全く違うが、確かに人目につかず、静かに落ち着ける場所だ。
クローゼットにマントや衣類を掛け、バッグを入れて扉を閉めた。ベッドに寝転んでみるとふかふか気持ちいい。このまま寝てしまいそうだ。
「ドワーフ国では地面にマットレスだったもんなぁ…」
まあ彼らは地面に直接寝るのが普通だと言ってたが。
そのままぼーっとしていたら、チリンチリンとベルの音が聞こえた。夕食のできた合図だ。
「エイトさん、お待たせしました。今夜はこんな食事です。若い人のお口に合うと良いのですが。」
食卓に並ぶのは、まるで実家のメニューのようだった。
新鮮なサラダの他、葉物や根菜の煮物が数種類。焼き魚とほかほかの炊きたてごはん。お吸い物っぽいスープやお漬物みたいなものもあった。
「さあさあ、温かいうちにどうぞ。お部屋で召し上がるならお盆を用意しますよ。」
「あ…いえ、ここで食べていいですか。」
「もちろんですよ、さあ、こちらに座って。」
俺は椅子にかけ、思わず手を合わせて言っていた。
「いただきます。」
ふたりはきょとんとしていた。こんなことをするのは俺が初めてだったのだろう。しばらく顔を見合わせていたが、ふたりは微笑んで手を合わせて言った。
「いただきます。」




