page.170
ふたりと別れた俺は、その足でリヴァリエル邸を訪ねた。
「エイト、お帰り!まさか歩いて帰ってきたのか?」
「ううん、今日はたまたまグァルグァイに送ってもらって、さっきザガールドと3人でカフェに行ってたんだ。」
「そうか、まあ座れよ。」
アルトの明るい声と笑顔にほっとした。彼は俺を暖かい応接間に案内し、メイドを呼んでお茶を淹れてくれた。
アルトのお気に入りのいつもの紅茶ではなく、珍しくハーブティーのようだ。
「ん、これ美味しい。変わった香りだけど飲みやすくて。」
「うん、エイトが疲れた顔をしているからな。」
アルトのその言葉にハッとした。俺はそんなに疲れた顔をしているのだろうか。
「で、どうだった?ドワーフ国は。もう用事は済んだのか?」
俺はここ数日で見てきたことをアルトに伝えた。ドワーフ国の生活様式や、王に鉱石を見つけてこいと言われたこと、放置された鉱山の状態、仕事の無い人々の厳しい暮らしなど。
アルトは真剣な顔をして、黙って俺の話を聞いていた。
「なあ、アルト。考えてみたんだけど、荒れた地でも育つ穀物についてマイルに聞いてみるのはどうだろう?彼は薬草学専攻だけど、植物に詳しいから、少なくとも食についてはフォローできるかも。」
俺の言葉にアルトは硬い表情で言った。
「エイトは何か勘違いをしているんじゃないか?現時点ではダルメル王国とドワーフ国との間に国交は無いんだ。勝手に踏み込んだことをすると、お前はお節介どころかスパイ行為をしていると言われかねない。」
「えっ……」
「確かにドワーフ国に救援は必要なのだろう。しかし彼らはそれを申し出てきてはいない。例え申し出てきたとしても、それは国家間の問題だ。政治に学生のマイルを巻き込むのか?」
アルトの言葉にハッとした。確かに俺やマイル個人でできることじゃない。優しいマイルは協力すると言ってくれると思うけど、それは彼の将来には良くないことかもしれない。
「マイルの優しさに付け込んで、弟を利用しようとするなら、お前はもう俺の友ではない。マイルにもお前と関わらないようにさせる。」
そうだ。アルトが正しい。俺はとにかく何とかしようと、ただ焦っていた。
急に苦しさなんだか、辛さなんだか、訳の分からない感情が込み上げてきて、俺は心の中を吐き出すように呟いていた。
「……分からないんだ……ドワーフ国の諍いを収めてってどういうことなんだ……王と王子のことか?それとも職人たちのことか?……何をどうすればこのクエストが終わるんだ……」
「クエスト?どうしたエイト。何のことを言ってるんだ?」
「アルト!俺にも何のことか分からないんだ!俺は一体これからどうすれば良いんだろう……」
涙が零れた。こんなことをアルトに言っても仕方がない。彼はこのアドベンチャーゲームブックの登場人物だから。そんなアルトに俺の事情なんて話すことはできない。
アルトは俺の涙を見たせいか、態度を和らげた。
「エイト、疲れてるんだな。ドワーフたちは気性が荒い。そんな中にずっと居て気が休まらなかっただろう。ドワーフ王の言ったことは忘れて、しばらくゆっくりするんだ。いいな?」
「アルト、ごめん……」
「ごめん?何を言ってるんだ。エイトがきっかけで、俺たちは親善訪問ができたんだよ。あのうるさいドワーフ王もきっと本当は分かってる。だから、俺たちに後継者のグァルグァイを引き合わせたんだろうさ。」
「えっ……そうなのかな?」
「だって、表敬訪問だと言い現れたのは、ダルメル王の息子とリヴァリエルの次期当主という、いわば国の二番手の弱輩だよ。そんな俺たちと対等に話をするなんて、ドワーフの王としては負けを認めるに等しくてプライドが許さないさ。だから話も聞かずわめいてあの場を去った。本心では追い込まれているはずだ。」
そうか。アルトには酷い暴言をぶつけていたけど、俺だけで会った時にはあんな態度じゃなかった。国のことを考えている立派な王だった。
「エイトは何も出来ていない訳じゃない。状況を大きく動かしたんだ。後は国同士のことだよ。だからエイトは自分のするべきことに集中すればいい。」
そう言ってウインクするアルトに、俺はまた泣きだした。
自分のするべきこと……でも誰も頼ることなんてできないという孤独感に、自然と身体が震えだした。
「なんだなんだ。エイトは泣き虫がついたのか。」
アルトは困ったような顔をして席を立ち、俺の隣に座ると背中を優しくさすってくれた。アルトの手から温かい力のようなものが、俺の身体に流れ込んでくるのが分かった。
そうだ。リヴァリエルは癒しを司る紫のエルフから力を得た一族。でもそれだけじゃない。アルトの心から伝わるその温かさに、俺の頑なになっていた心が解けていった。
「こちらに帰ってきたんだし、しばらくゆっくり休むことだよ。そうだ、またクルーズ船に乗りに行こうか。それともフィルマルト王国のビーチにでも行くか?今は秋だが、あそこは年中泳げるし。」
俺はハッとして顔を上げた。そうだ、俺はこれからフィルマルトへ行く。これはストーリーの強制力が働いているのか?
「ん?」
優しく顔を見てくるアルト。いや、彼を巻き込んではいけない気がする。
「うん、じゃあしばらく休むよ。どこか宿を探してくる。」
「なんだよ、いまさら水臭いな。ここに居れば良いじゃないか。」
「ありがとう、でも今はちょっと…ひとりになって気持ちを整理したいんだ。」
アルトはちょっと残念そうな顔をしたが、笑顔でこう言った。
「分かった。でも宿はこちらで手配させてもらうよ。まだ勇者の噂は消えきっていないから、ギルドに行って手配してもらうのは無理だろう。」
「うげ……そうだった……」
アルトは笑って、俺の背中をぽんぽん叩いていた。




