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俺は保存の効く食料を買うため、朝からビンスタスの市場をゆっくり見て回っていた。
勇者に見える服は避け、俺の何気ない相談から友人のエミルがわざわざ作ってくれた、この世界には無いグレーのパーカーに、夏の旅行時に買ったゆったりとした黒いパンツという出で立ちだ。
大学行ってた時に着ていたような服装に、俺の心は自由を感じてなんとなく弾む。
パンやチーズやベーコンに干し肉、パスタに米に乾燥野菜と粉末スープ。高いが砂糖や塩も買い込んだ。なんせドワーフ国の広さや食料事情も分からない。店が無いようなところで、食料が尽きたりしたら目も当てられないからな。
そして、買ったものを片っ端からどさどさとマジックバッグに放り込んでいく。もしかすると買いすぎたかも?戻ったら整理しなきゃ。
さて、カフェでも探して休憩するか…と通りを見回しながら歩いていたら、やたら目立つ美形の二人連れとすれ違った。黒髪で褐色の肌の男性と、長い銀髪だけど何故かどことなく日本人っぽく見える美しい男性のふたりだ。
黒髪の男性は俺の顔をちらっと見て少し驚いたようだったが、ふっと妖しく笑みを浮かべた。
あれ?誰かに似ている気がするけど思い出せない。
なんとなく胸騒ぎがして、俺はそのふたりの後をついていった。
黒髪の男は、後にいる俺にまるで見せつけるように恋人?の腰を優しく引き寄せると、目の前のおしゃれなカフェに入っていった。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
カフェの給仕の方にひとりだと答えて中を見回すが、さほど広くもない店中には、先程のふたりの姿は見当たらなかった。
「あら?貴方……」
その時近くのテーブルから聞こえた美しい声にそちらを見ると、以前豪華客船で出会った女性が座っていた。
「あ…えっと、確か……アドリアーナさん?」
「まあ!覚えてくださっていたのね、嬉しいわ。よろしければこちらの席でしばらくお話しませんか?」
長い黒髪をゆるくサイドに流し、忘れもしない印象的な大きな黒い瞳と真っ白な肌。ツヤツヤした紅い唇。スタイル抜群の美人である。
「ええっ、良いんですか?」
「もちろんですわ。ひとりで暇だったから話し相手が欲しかったの。」
俺は彼女に手招きされて向かいの席に座った。客船でのダンスの時のドレス姿も素敵だったが、今日みたいなさらりとした紫のワンピースのような服も素敵だ。
俺はドキドキする心を気取られぬように、ハーブティーを注文して彼女に向き合った。普段はハーブティーなんて飲まないというのに。
「ふふ、今日はとても可愛らしい服装なのね。もしかして勇者じゃなくて学生さんだったのかしら?あら、失礼。学生さんだったのはお連れの方でしたわよね。」
「あ…まあそうなんですけど、そうではないような……ですかね?」
だって、この世界に引きずり込まれて勇者にされているが、俺は単なる大学3年生なんだから。
あれ?前に会った時、俺が勇者だって言ったっけ?冒険者とは言ったきがするけどどうだったかな?
「なぁに、それ?ふふっ、貴方は面白い言い方をするのね。」
俺との他愛のない会話に、ころころと楽しそうに笑うアドリアーナ。しばらく雑談をした後に聞いてみた。
「あの…アドリアーナさんは、ビンスタスに住んでいるのですか?」
「……さあ?どう思う?」
いかん、完全に手玉に取られている。
アドリアーナはそっと手を俺の手の上に重ねた。あ、良い香りがする。
「そうね。貴方と一緒なら、ここに住むのもいいかもね。どうかしら?」
そう言って妖艶な流し目で微笑みかける彼女に、俺は顔が真っ赤になるのが分かった。頰がやけに熱い。
「いえいえ!いや、その…あの……」
アドリアーナはクスクス笑って手を離し、自分のカップのお茶を飲み干すと、すっと立ち上がった。
「そろそろ行かないと。楽しかったわ、またお会いしましょうね、エイトさん。」
「え?ア……アドリアーナさん!俺の名前覚えていたんですか!」
彼女は俺に意味ありげな笑みを見せた。俺は彼女が座っていた席を見ながら、しばらく余韻に浸っていた。
そのまま呆けていたが、ハッと我にかえった。
今日の用事は買い物だけじゃないんだ。
俺は馬車に乗り、街の出口へと向かった。門を出て近くの森へと入り、いつものようにエルフの指輪をはめてハクを呼び出した。
「ハク〜〜〜〜!」
俺はデカいユニコーンに顔を擦り付けた。数日会わなかっただけでも寂しかったよ!ハクも嬉しそうにスリスリしてきた。
座ったハクにリンゴを上げながら、エルフのムルーアに呼びかけてみた。
「ムルーア。ムルーア、居る?」
『はい、エイト殿。お久しぶりですね。どうかされましたか?』
ハクを通じてムルーアの声がする。彼は紅のエルフのひとりで、ユニコーンの管理もしているそうだ。
「うん、実はもうすぐドワーフの国に行くんだ。どんなところか分からないけど、さすがにハクを呼び出すのはまずいかな。」
そう言うと、当然ハクの後の空間が歪んでムルーアが姿を現した。
「わっ!びっくりした!」
「驚かせてすみません。しかし、ドワーフ国へ行くと聞いて。」
ムルーアは近くの木の根に座り込み、俺も側に座った。ムルーアの赤毛を見てふと何かを思い出しかけたが、今は彼の話を聞くことにした。
「エイトさん。ドワーフは我々エルフを嫌っています。ですので、ドワーフ国でこのダイハクリョクを召喚などしたらパニックになりますよ。最悪戦闘になりかねません。」
彼はそう言い、その辺りの草をもっしゃもっしゃ食ってるハクを見た。
「我々にはドワーフの国の中のことは分かりませんが、何かしらの移動手段はあるでしょう。ハクを使うのは、ドワーフ国とダンジョン以外なら大丈夫です。」
「ああ、分かった。ありがとう、ムルーア。でも何でエルフとドワーフはそんなに仲が悪いんだ?」
ムルーアに聞くと、彼は困ったような顔をした。
「私からはなんとも。白銀のエルフの王なら話してくれるかもしれませんね。」
ムルーアは何かに気づいたように、立ち上がった。
「呼ばれているので、もう戻らなければ。ドワーフ国訪問のことは王にも伝えておきます。エイト殿、旅の無事をお祈りします。」
笑顔で手を差しだす彼と握手をした。
「ああ、そういえば以前、エイト殿の友人と握手をしましたね。彼女はお元気ですか?」
あのエルフおたくか。ムルーアと握手して号泣してたもんな。
「あれから会ってないけど、きっと元気じゃないかな。」
「そうですか。」
ムルーアは特に気にするふうでもなく言った。
「ではエイト殿、また。」
「ああ、また。」
ムルーアが去った後、俺は時間までめいっぱいハクを撫でまわし、リンゴやオレンジを与え続けた。




