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「エイトさん、すみません。」
扉をノックする音とマイルの声が聞こえた。
「マイル、どうした。」
俺は荷物を整理する手を止め、立ち上がり扉を開けた。
「あの、僕の研究資料なんですけど、シンラ教授は休暇中で出勤されるのは3日後とのことなんです。それまで預かってていただけますか?」
「ああ、もちろん良いよ。その日に一緒に行こう。」
「ありがとうございます。助かります。ひとりで運ぶにはちょっと多いので。」
ちょっと多いどころの話ではない。俺のマジックバッグには、フィルマルトの研究施設から持ち帰ったサボテンの、大小様々なサンプルが20鉢以上入っている。
「あ、整理中でしたか、失礼しました。」
マイルは俺の部屋の中に散らばっている物に目を走らせた。
「とりあえず細々した物だけな。借りたテントとかは今から返しに行こうと思って。」
「そうなんですね。お供したいのですが、ちょっと用がありまして。」
「いいよいいよ、ひとりで行って来る。俺も街で他の用事があるから。」
久々のクヌルギの街を歩き、貸し道具屋でテント他一式を返却した。
「はい、全て返却いただきました。またよろしくお願いします!」
相変わらず愛想の良い店員に別れを告げ、次に道具屋でまた、旅道具一式のメンテナンスをお願いした。
「おや、先日のお客さんか。じゃあ預かるよ、3日後に取りに来なさい。」
こちらも3日後か。じゃあそれまでゆっくりしよう。
街中の温浴施設でまったりしてから戻ると、またマイルが声をかけてきた。
「旅行費の計算をしていたのですが、思っていたより多く残っているようです。エイトさん、彼らの分をエイトさんが出したりしてないですよね?」
「えっ。えーっと、学生は割引が凄いからそのせいじゃない?」
マイルの目がマジだ。ちょっと怖い。彼はため息をついて言った。
「エイトさん。貴方が優しいのは分かりますが、今回の旅に関してかかる費用は、僕たち自身で出すと決めたものです。」
「……でも、マイルのご実家に完全にお世話になった日もあるじゃないか。それはいいのか?」
「それはそれです。」
いいんかい。
「エイトさんが出された分はお返ししないといけません。」
マイルは断固としてそう主張した。それくらい別にいいじゃんとは言えない雰囲気だ。
「……はい、分かりました。」
仕方なく俺がそう言うと、マイルはにっこりした。
「分かればよろしい。」
その後俺たちは、ダイニングルームで宿代や経費をきっちり計算し、俺は少し返してもらった。
しかしマイルは、他の皆がファルナートでバカンスしていた経費の幾らかは、俺がウィンベルトに支払ったバカ高い宿代から出ているのを知らないのだ。
「うーん、こんなものなのかな……」
マイルが呟いているが知らないふりをしておこう。
「ではエイトさん。残った分は皆に返しておきますね。エイトさんとハクのおかげで、皆あまりお金を使わずに済みました。ありがとうございました。」
「いやいや、俺も楽しかったから。皆と一緒に旅行ができて良かったよ。」
マイルがふっと寂しそうな顔をした。
「エイトさんが居なくなると寂しくなりますね。シェアハウスなので、居住者の入れ替わりには慣れていますが、エイトさんのおかげで今の仲間たちとは、とても良い思い出ができました。」
「そうだな。俺も寂しいよ。こんなに寂しく思うのは初めてかもしれない。」
俺たちはなんとなく黙ってしまった。しばらくしてマイルが話はじめた。
「すみません、僕のせいで湿っぽくなってしまいましたね。でもエイトさんにはまた会えると思います。」
「うん、俺もそう思う。先にアルトには会うと思うけど。」
あ、アルトと言えばあれは何だったんだろう。
「なあ、マイル。アルトが帰る時にマイルに耳打ちしてただろ?何かあったのか?」
マイルは話すかどうか迷っている感じだった。嫌なことを聞いてしまったのかもしれない。
「アルトはメイリンに振られた、と言ってました。」
「ええっ!どういうこと!?」
「アルトはメイリンに好意を持ってしまったんですね。それで気持ちを打ち明けたんでしょう。メイリンは今は勉強したいからその気はないと言ったそうです。」
は〜…俺の知らないところでそんなことが。いや、もしかして俺が鈍いのか?
「でも、それで良かったんです。リヴァリエルの当主は代々一族の家から順番に妻を娶ることになっています。なのでアルトには婚約者がいるんですよ。」
「そうなのか……魔導家の当主は恋もできないのか。切ないな。」
「え?いいえ?アルトには何人か彼女がいるはずです。」
「は……?」
なんだそれ?婚約者がいるのに彼女??しかも複数!?!?
「それって良いのか…?あの、色々と問題は……」
「恋愛は自由ですからね。結婚するまでは構いませんよ。でもメイリンはやめて欲しかったので良かったです。彼女は僕の大切な友人ですからね。そう思いません?」
頬杖をつき、ため息をつきながら当然のように言うマイルに、彼女いない暦=ほぼ年齢の俺はただただ呆気に取られるしかなかった。




