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その小島の薄暗いダンジョンに走り込んだ瞬間、まるで全ての音が消えたように感じた。
いや微かにだがこの場に響く水の音。これはアドの選択肢で現れた光景で聞こえていたものと同じだ。まさかあれはこの場所だったのか!
「いやはや、勇者様。いささか見当違いのところばかりお探しでしたね。すっかり待ちくたびれてしまうところでございましたよ……」
あの粘つくようにいやらしく耳障りな声が響いてくる。
「魔族!どこにいる!出てこい!!」
「まあまあ、そんな大きな声を出されずとも。私お側におります故。」
彼は目の前の暗闇から音もなく姿を現した。
以前ダンジョン前で見た時と同じ黒衣に身を包み、紅蓮の髪に凄絶とも言える美貌。だがその瞳の中に宿る冷酷さに、俺は思わず身震いした。指先さえ動かせなくなるほどの圧倒的な魔力にもだ。
「あんなことをして一体どういうつもりだ!わざわざ紅のエルフのふりもしたりして!俺を呼ぶだけなら、こんな回りくどいことをしなくても良かっただろう!」
俺は怒りに震え、なんとか声を上げた。皆を傷つけようとしたこいつは絶対に許せない。
「ほう?私を許せませんか。しかし貴方様がここをすぐに見つけてさえいれば、皆様が危険な目にあうことはなかったのでは?」
嘲笑するように言う奴に俺は言い返すことができなかった。
この国に入った初日に、湖に浮かぶこの小島を見ていた。
選択肢で見たダンジョンの光景も、ジェルフィッシュの大量発生も、ほとんど気に留めていなかった。アドの言ったヒントを見逃していたのは確かに俺だ。
「それに彼らはこの本の登場人物であるだけの存在。貴方様とは違うのですよ。それなのにそんなに情を移してしまうとはなんとまあ滑稽な。これこそまさに喜劇でございますね。」
「ふざけたことを言うな!お前もこの本の登場人物なんだろう!ならお前にとやかく言われたくない!!」
魔族は俺の言葉に、何故か薄笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「さて勇者様。あなたがこのダンジョンにある召喚の魔法陣を封印されなければ、レッドヒルはこのまま永久に湖に生み出され続けます。悠長に私と語らっている暇はないと存じますが?」
「……ぐ…っ……!」
悔しいがヤツの言う通りだ。まず魔法陣を探して封印しないとどうにもならないが、俺は魔導士ではない。どうやって封印するんだ。
そう思案していると、魔族は大げさに手をぽんと打って話し始めた。
「ああ!魔法陣の封印方法でございますね。貴方が持つエルフの黄金の短剣、それを魔法陣の中央に刺せばよろしい。魔法陣は永遠に封印されます。」
「エルフの短剣だと?あれは空間の封印を解く鍵のはずだ……」
「ええ、鍵ですよ。なので封印することもできるのは道理でしょう?ああ、そうだ。そこには貴方の探し求める地図もございます故、ぜひお持ち帰りくださいませ。」
「……もう訳が分からない!お前は一体何なんだ!何がしたいんだよ!」
ヤツは俺の心が読めるのか!?俺の考えにいちいち返事をしてくるようで気持ちが悪い。
俺の混乱した叫びに魔族はニタリと嗤って言った。
「別に、何も?私は私のしたいようにやれと命じられているだけでございます。では私の出番はここまでにて、これにて失礼致します。勇者様の良き旅路をお祈りしております。」
彼は芝居がかった仕草で大きくお辞儀をすると、俺に慈しむようなウインクを残してかき消えた。
「待て!待てよお前!逃げるなよ!戻ってこい!」
俺の叫びはダンジョンに虚しくこだまする。
手を壁に打ち付けて、ヤツに対して何もできなかったことに激しく後悔した。
怒りや魔力だけでもぶつけてこられたら戦う術もあっただろう。だが、ヤツはまるで戦う気もなく、こちらを圧倒し、ただ嘲弄していた。
「……魔法陣を見つけなきゃな……」
俺は自己嫌悪を抱えながら、それを見つける為にゆっくりと歩きだした。
その魔法陣はすぐに見つかった。
俺は魔族の言った通りに、エルフの短剣を中央に突き刺した。魔法陣は聖なる光とともにあとかたもなく消滅し、空中にふわりと地図が現れた。
この地図の為にこの国に来たというのに、俺はそれを確認する気力もなく、そのまま丸めてマジックバッグに放り込んだ。
ダンジョンから出た俺を皆が喜んで出迎えてくれた。
ムルーアだけは妙な顔をして俺を見ていたが、その場では何も言わなかった。
皆は、言葉少なに返答する俺のことを、疲れているに違いないとそっと休ませてくれた。
宿のその一室で、俺はただただ泣き続けた。




