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俺はエルフのタルスを連れて研究施設へ戻った。
「施設長より、『入所の許可は?』とのことです。」
入り口の窓口から、受付担当が申し訳なさそうに言う。キースより、俺の連れの入館は認められていないと言われたとのこと。
彼女のその目はタルスに熱く注がれていた。
まあそうだろう。蒼のエルフである彼は、ラピスラズリのような髪に超美形としか言いようのない顔だ。
「いいから、キース教授を呼んでくれ!彼じゃないと分からないんだよ。」
「あ…はい、承知しました。」
彼女はこの場を離れたくなさそうにしながら去っていった。
「セキュリティがしっかりしてるじゃないですか。」
何故かタルスは感心している。門前払いを食らわされそうになっているのはあんただけどな。
キースは頭をガシガシかきながら、凄く不機嫌そうにやってきた。マイルもついて来ている。
「蒼のエルフとはな…エイト君、やってくれるじゃないか。」
「タルスさん、お久しぶりです。」
穏やかに挨拶するマイルに、タルスは微笑みかけた。
「マイルさんですね。ヒマリさんもこちらに?」
「いいえ、ヒマリたちは今別のところに居ます。」
「そうですか、残念ですね。」
窓口越しに、にこやかに会話しているふたり。キースはしばらく考えていたようだが、やがて口を開いた。
「……まあ良い。入ってもらおうか。」
扉が開き、俺たちは中に入った。
「施設長のキースだ。蒼のエルフ、エイト君のたっての望みだから仕方なく入れてやるが、勝手な行動は慎むように。」
キースは何故そんなに偉そうなんだ。
「エイト殿。なかなか興味深いですね。」
……タルスは何故嬉しそうなんだ。
俺たちはキースに続いて研究室の一室に入っていった。
あの黒い物は、机上にある小さな箱に入れてあるとのことだ。
キースはいらいらしたように片手を振り上げ、入ってきたばかりの扉を指し示すようにした。
「そこにあるからさっさと見て、とっとと帰れ。」
だからキース、それやめろって。タルスは彼女の態度を全く気にする風でもなく、その箱に近づき蓋を取った。
「ほう……これは。」
蓋をして、俺たちの方を振り返る。
「エイト殿。これは確かに植物系モンスターの種のようですね。しかし、きゅうりのような蔦系ではなく、おそらくダンジョンに滋養の花を咲かせるような物です。」
キースの眉が激しく上がった。
「ダンジョンに……?」
「ええ。我々エルフはダンジョンに入れないので確証は無いですが、人間界ともエルフの世界とも違うエネルギーを感じます。」
タルスはキースを見つめて微笑んだ。
「レディ。よろしければ、我々と共同で研究するのはいかがですか?私としても異界の力に興味はあります。」
さすが叡智を司る蒼のエルフ。知的好奇心は半端ない。
キースは天井を見ながら考えている。彼女にしてもかなりの好奇心はそそられているだろう。彼女はやがて深いため息をついた。
「……仕方ないな。」
タルスは、アマルガリタの許可を取ること、そしてもうひとり蒼のエルフを連れて出直すと言い帰って行った。
「教授、なんであんなに失礼な態度を取るんですか。相手はエルフなんですよ!」
俺はキースに言った。世界の神秘であるエルフにあんな態度を取るヤツなんて見たことない。キースは俺を見返して言った。
「エルフだから媚びへつらえと?私は自分より美形なヤツが大嫌いなんだ。」
……言っちゃったよ、この人。
俺は食堂でお茶を飲みながらマイルと話していた。
「なんだよあれ。自分より美形が嫌い?単なるわがままかよ!?せっかくタルスを連れてきてやったのに……」
感謝するどころか失礼なことばかり言うキースに腹が立って仕方がない。
「エイトさん、違いますよ。教授はね、人間が自分たちの力だけで真剣に研究していることを、エルフの叡智の影響を受けるのが嫌なんです。思考をコントロールされるかもしれないって。」
「え…そうなのか。」
「ええ、蒼のエルフは古今東西のあらゆる知識を持っています。聞けばなんでも分かってしまう。それじゃ我々の知能は逆に遅れを取る…そう思っているんです。」
うーん、なるほど。俺たちがつい何でもネットで検索してしまうみたいなものか。あれはすぐ答えが出てくるもんな。
「でも、今回みたいにお互いに未知の物を共同研究するのは良いですよね。僕もサボテンの研究の合間に覗かせてもらいます。」
「そうか。もしかするとマイルの研究にも役立つかもしれないしな。頑張れよ。じゃ俺は他のダンジョンの様子を見てくる。」
皆、真剣なんだ。俺もダラダラしてはいられない。
俺はマイルに「また夜に」と言って一旦部屋に戻った。
「……は?」
俺の部屋の中にはキースが居た。椅子に脚を組んで座り、腕組みしてこちらを睨んでいる。
「ちょっと!勝手に入るなんてプライバシーの侵害でしょ!!」
「ここは私の施設だ。私がどこに居ようと自由じゃないか。」
「そうだけど、そう言うことじゃなくて!」
キースはじっと俺を見つめて、はっきりと言った。
「感謝する。」
「……は?」
俺はその思いがけない言葉に思考を停止した。キースの顔は真剣そのものだ。
「君がダンジョンから持ち帰った物。正直私には何も分からなかった。君がエルフを連れてきたことで一歩進んだ。」
彼女はひと息ついて続けた。
「私は停滞が嫌いだ。何でも良い、進歩すること。それが私の生きる意味だ。だからシンラ教授との共同研究も受け入れたし、他にもプロジェクトを多々抱えている。」
「そうか、大変なんだな。」
俺の返答にキースは微笑んだ。えっ笑った!?
「エイト君は、あの時もそう言って私の話を聞いてくれたな。愚痴をいろいろ吐いてしまったが、全て受け止めてくれた。君が寝ている間に出ていってしまい済まなかった。」
そうだ。あの時彼女は疲れ切っていた。俺はあの酒場で呑みながら彼女の話を聞いていたんだ。
「そうだったな。思い出したよ。」
彼女は立ち上がり、ただ立ち尽くしていた俺の前に来た。
「本当か?不思議だな。君はあの夜と同じ男とは思えない。まるで初心ではないか。ふたりきりなら抱きしめてキスくらいはしてくるかと思ったが。」
「えっ!いや…あの……」
そりゃそうだ。俺は彼女が会った勇者じゃない。ただ勇者の記憶を持つだけだ。
「とにかく君のおかげで新しい体験ができる。感謝してるよ。」
彼女は俺の肩をぽんと叩いて部屋を出ていった。俺はその場にへなへなと崩れ落ちた。
ちょっ何…最後のあの大人な話は……
俺には刺激が強すぎるんですけど!?
『エイト、何想像して呆けてるんですか。ダンジョンに行くのでは?』
アドの声で我に帰る。そうだ、今からダンジョンに行くんだった。
「想像なんかしてないっつーの!よし!行くぞ!!」
俺は立ち上がり、再びダンジョンへと向かうのであった。




