page.110
俺たちはフィルマルトへの旅を再開した。
5日間お世話になったリヴァリエル家を出る時には、マイルのご両親とアルトが見送りをしてくれた。
アルトは一生の別れかというくらいマイルに抱きついてイヤイヤしていたが、また執事さんにべりっとはがされてた。会うのは10年ぶりだったとはいえ、帰りにも寄るんだからさ。
ビンスタスからスクロまでもそこそこ遠い。通常、馬車で5日ほどの道程だ。ハクに送ってもらっても、今日は半分ほどの距離しか進めなかった。
しかもこの辺りはキャンプできる村も無いんだよな。しょうがない、今夜は森で野宿だ。俺は皆を街道に待機させ、安全な場所を確認してから呼びよせた。
もうすっかり手慣れたもので、明るいうちにテントを張り、夕食の準備をする仲間たち。
突然、遠くから「ぶぅぅぅぅぅん」という嫌な音が聞こえた。まさかジャイアントビーか!?
ジャイアントビーは、人間の子どもと頭の大きさが同じくらいの巨大な蜂のモンスター。出会うと危険だが、彼らのテリトリーに入らない限りは安全だ。
「見回った時には、巣なんて無かったのに。くそっ、見逃してたか!」
見るとヤツらは何匹もこちらに向かうように飛び回っている。まだそんなに近くはないが、何故か興奮しているようだ。
「マイル!結界を張って皆を守って!」
「もう張ってあります!エイトさんも来てください!」
マイルもジャイアントビーに気づいて既に対処していたようだ。さすがリヴァリエル。
「俺は大丈夫だ!皆、そこに居てくれ!」
ヤツらが近づく前に倒さないと。
俺は風魔法で飛び回っているジャイアントビーの近くまで移動し、使い方をアレンジした衝撃波で完全に吹き飛ばしてしまう代わりに、風の渦に閉じ込めた。
これで皆のところまで飛んでいくことはないな。後は出力を絞った衝撃波で一体ずつ貫いていけばいい。数が多いので魔法の二重発動はキツい。途中で俺の魔力は尽きそうだが、残りは剣を使えばいい。
「よし、やるか!衝撃……」
俺は気合いを入れて手をかざした。その瞬間、バシュッと音が聞こえ、ヤツらを閉じ込めた俺の魔法ごとジャイアントビーは塵も残さず消滅していた。
え……?
俺は手を突き出したポーズのまま固まった。何が起こった?
「エイトさん、ご無事ですか?ジャイアントビーは消滅させました。もう大丈夫ですよ。」
駆け寄ってきたマイルがそう言った。
「……ああ、そう。ありがとうマイル。」
俺は突き出していた手をそーっと下ろした。魔法ごと消滅させるとは、さすがはリヴァリエル。だが、これだと実際、俺の護衛なんて要らないんじゃね?
「しかし何だったんでしょうね。突然ビーが暴れだすなんて。」
「そうだよな、俺たちはテリトリーには入っていなかったはずだ。」
マイルとそう話をしていた時、ガサッと音を立てて背後から何者かが現れた。
「何だ、お前たちは。こんなところで何をしている。」
弾かれたようにその声がしたほうを見ると、そこにはなんか見覚えのある奴が居た。
「パンダ!?」
「パンダではない!プァンドゥダァだ!……ん、おぬしとはどこかで会ったな。」
現れたのはパンダことプァンドゥダァ。変なドワーフだ。俺はこのややこしい名前が覚えられないのでパンダと呼んでいる。
「ああ、以前な……って、お前あちこち腫れ上がってるぞ?もしかしてジャイアントビーのテリトリーに入ったのはお前か!?」
俺はジャイアントビーに刺されてむごいほど腫れ上がっている、パンダの腕や足、顔などを見ていた。
「それ、痛くないんですか……?」
あ、マイルが引いてる。顔なんてカタチ変わってるもんな。俺はあの大きな目で気づいたけど。
「なんだこんなもの。別に気にしとらん。ワシは打たれ強いからな!」
いや、打たれ強いの範疇を超えてないか?
俺はパンダが握っている袋に気がついた。何か黒いシミが袋の底に見える。
「それって、ジャイアントビーの蜜なのか?」
俺の問いかけに、パンダは袋を上に掲げるようにして言った。
「うむ。ここらのジャイアントビーは甘くない蜜を作っていてな。パエリアを作るのに調味料として使うのだ!」
あーそういえばこのドワーフ、パエリアしか食わんとか言ってたよな。
「あの、プァンドゥダァさん。治癒魔法かけますね。痛々しくて見ていられないので。」
マイルが控えめに言う。確かに俺たちは今、ある意味化け物と会話してる気分だからな。
マイルのおかげで元に戻ったパンダは、彼に礼を言っていた。
「すまぬ。おぬしに手間を取らせたが、おかげでスッキリした。そうだ、お礼にワシの自慢のパエリアを作ってやろう!」
作ってくれるというなら断ることもないか。俺たちはパンダを連れて皆の元へ戻った。突然ドワーフを連れてきたことに皆は驚いたが、俺の顔見知りだというと元気に挨拶した。
学生のグループ旅行ということに、パンダは妙に感嘆していた。
「うむ!皆で旅とは見上げたことだ。世界は広い。それを学ぶとよいぞ。」
俺たちの夕食づくりにパンダも加わって賑やかになった。彼は背負っていた、盾ではなく巨大なパエリアパンを下ろして米を炒めていた。
あ、ジェリコが食い入るように見ている。米料理ときたら見逃さないからな。
ふたりは米料理という共通のこだわりで、もう仲良くなったようだ。
「ん…なんか、香ばしい匂いがする?」
俺の鼻が懐かしい匂いを捕らえた。これは…醤油!?
「パンダ!もしかしてそれって醤油か!?」
この世界にはない醤油がここにある!?俺は必死にパンダに尋ねた。
「ショウユ……とは何だ?これはさっきのジャイアントビーの蜜だ。甘くなくて、風味付けにつかうと美味くなる。」
俺はパンダがスプーンで差し出してきたその蜜を舐めてみた。これ、醤油やん!
ああ…懐かしいこの味。
「パンダ頼む!これ分けてくれないか!!」
俺は土下座せんばかりに頼んだ。いや、実際土下座した。パンダはそんな俺に、大きな目を更に大きく見開き驚いていた。
「いや……おぬし……そこまでせんでも分けてやるぞ。」
「本当か!ありがとうパンダ!!」
「だからワシの名はプァンドゥダァだと言っておろうが!?」
手を握りしめキラキラした目で言う俺に、彼は虚しくわめいていた。
実際、パンダの作ったパエリアはとても美味くて皆大喜びだった。俺たちは何度もおかわりし、彼は上機嫌でおかわりをよそってくれた。
「じゃあ、どこかでまた会おうぞ。」
そう言い去ってゆくパンダを、俺たちは大きく手を振って見送った。
「ドワーフって、なんとなく怖いんじゃないかとヒマリ思ってたけど、プァンドゥダァさん良い人だったね!」
「ヒマリ、ちゃんと名前を覚えたんだ。偉いね。」
ヒマリを褒めるマイルの横で、「もうパンダでいいっしょ!」というジェリコ。新たな米料理の発見で上機嫌だ。
俺は分けてもらった醤油、もといジャイアントビーの蜜の入った袋を握りしめ、フィルマルトでは刺身か海鮮丼を食おうと固く決意するのだった。




