第94話 現場で選ばれるもの
「……間に合いませんわね」
その言葉の直後だった。
レティシアは、すでに動いていた。
――南部都市リュシエル。
混乱は、収まっていなかった。
「ふざけるな!」
「また止まってるじゃねえか!」
「説明しろ!」
怒号が飛ぶ。
役所の前。
人が押し寄せる。
昨日と同じ。
いや。
昨日よりも悪い。
なぜなら。
“裏切られた”と感じているからだ。
「下がってください!」
兵が止める。
だが。
押される。
耐えきれない。
その時。
「どいてください」
静かな声が響く。
一瞬で。
空気が止まる。
誰もが振り向く。
人混みの中。
黒ではない。
連盟の紋章でもない。
ただの外套。
だが。
分かる。
“違う”と。
レティシアは前に出る。
ゆっくりと。
逃げずに。
正面から。
「……誰だ」
誰かが呟く。
答えはない。
だが。
彼女は止まらない。
人の前に立つ。
怒りの前に。
真正面に。
「止まっています」
最初の言葉。
それは。
謝罪でも。
弁解でもない。
事実だった。
ざわめきが広がる。
「……何だって?」
「分かってるなら何とかしろ!」
声が飛ぶ。
レティシアは頷く。
「ええ」
一瞬の間。
「だから来ました」
沈黙。
その言葉に。
誰もが一瞬止まる。
逃げていない。
ここにいる。
それだけで。
空気が変わる。
「今、ここで配ります」
短く。
だが。
明確に。
ざわめきが止まる。
「ここで?」
「どうやってだよ!」
当然の疑問。
レティシアは振り返る。
後ろ。
数人の人間。
役人ではない。
兵でもない。
だが。
荷を持っている。
食料。
最低限。
だが確実に。
「並んでください」
その一言。
それだけ。
強制ではない。
命令でもない。
だが。
誰も逆らわない。
なぜなら。
“今、目の前にある”からだ。
人が動く。
ゆっくりと。
だが確実に。
列ができる。
昨日と違う。
怒りではなく。
判断で。
その時。
一人の男が言う。
「……また止まるんじゃねえのか」
沈黙。
全員が聞いている。
レティシアは答える。
「止まります」
一瞬。
空気が凍る。
「何だと?」
怒りが戻る。
だが。
レティシアは続ける。
「ですが」
一瞬の間。
「また来ます」
沈黙。
「ここに」
「直接」
その言葉。
それだけで。
意味が変わる。
仕組みではない。
人だ。
逃げない。
来る。
それが。
信頼になる。
「……本当かよ」
誰かが呟く。
レティシアは頷く。
「ええ」
「約束します」
短く。
だが。
揺るがない。
その言葉に。
一人が動く。
列に並ぶ。
次に、もう一人。
そして。
広がる。
完全ではない。
だが。
確実に。
戻る。
“こちら側”へ。
――
少し離れた場所。
黒装束の男が見ている。
無言で。
「……なるほど」
小さく呟く。
「仕組みを捨てたか」
その目は冷静だった。
そして。
わずかに。
楽しんでいた。
「だが」
一瞬の間。
「それは持たない」
その言葉。
それだけで。
次が来ることが分かる。
――
王城。
「……現場対応、成功」
報告が届く。
エルミアが息を吐く。
「……よかった」
イザベラが言う。
「一時的だけどね」
ルーカスが言う。
「それでも十分だ」
沈黙。
だが。
レティシアはまだ戻っていない。
その時。
新たな報告。
「……敵側」
「動きあり」
空気が変わる。
「次は?」
誰かが呟く。
答えはまだない。
だが。
確実に。
戦いは、深くなっていた。
今回はレティシアが“現場に出る”回でした。
この作品の重要ポイントの一つは、
「仕組み vs 人」です。
完璧な仕組みは壊される。
だから最後に残るのは“人”。
ただし、このやり方にも限界があります。
次はその“限界”が来ます。
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次話は一気にスケールが上がります。




