第83話 王女エルミア
王城・客室。
小国王女エルミアに与えられた部屋は、質素ながらも落ち着いた空間だった。
窓からは王都の街並みが見える。
活気。
人の流れ。
市場の声。
それは彼女の国にはない光景だった。
「……大きい」
小さく呟く。
王国は帝国ほどではない。
だが、小国から見れば十分に大国だ。
扉がノックされる。
「どうぞ」
入ってきたのはレティシアだった。
「ご機嫌いかが?」
柔らかな声。
だが視線は鋭い。
エルミアは少し緊張しながら立ち上がる。
「問題ありません」
「そう」
レティシアは部屋を見渡す。
そして、エルミアを見る。
「あなた、怖くないの?」
唐突な問い。
「……何が、ですか」
「王国を信じること」
沈黙。
エルミアは少し考えてから答える。
「怖いです」
正直な言葉。
「帝国も怖い」
「王国も怖い」
「連盟も分からない」
レティシアは微笑む。
「良い答えね」
エルミアは続ける。
「でも」
「何もしない方が、もっと怖い」
その言葉に、レティシアの目がわずかに細くなる。
「帝国はいつか来ます」
「その時」
「私たちは何もできない」
彼女の声は静かだが、重い。
「だから」
「賭けました」
レティシアはしばらく黙る。
そしてゆっくり言う。
「賭ける相手としては、どう?」
エルミアは少しだけ笑った。
「……悪くないと思います」
その時。
窓の外で歓声が上がる。
市場。
人々が何かを叫んでいる。
レティシアが窓に近づく。
「……始まりましたわね」
下では商人たちが動いている。
王国商会が価格を下げ始めた。
帝国商会に対抗するための市場操作。
イザベラの仕掛けだ。
「戦争ですか」
エルミアが呟く。
「ええ」
レティシアは淡々と答える。
「でも」
「血は流れない」
エルミアはその光景を見る。
人々が走り、叫び、交渉している。
剣ではなく。
言葉と金で戦っている。
「……不思議です」
彼女は言う。
「戦っているのに」
「誰も死なない」
レティシアは微笑む。
「それが」
「私たちの戦いです」
沈黙。
エルミアはしばらくその光景を見ていた。
そして小さく呟く。
「この戦いなら」
「守れるかもしれない」
その言葉に、レティシアはわずかに目を細めた。
「ええ」
「だから連盟を作るの」
その時、扉が再び叩かれる。
近衛騎士が入ってきた。
「失礼します」
「帝国からの使者が到着しました」
空気が変わる。
レティシアが笑う。
「早いですわね」
エルミアが小さく息を呑む。
帝国。
小国にとっては恐怖そのもの。
レティシアは振り返る。
「見に来る?」
エルミアは一瞬迷う。
だが。
「……はい」
その目に迷いはなかった。
逃げない。
それが彼女の選択だった。
王城の廊下。
遠くで重い足音が響く。
帝国の使者。
次の衝突が、始まろうとしていた。
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