第80話 均衡への挑戦
王都・商業地区。
朝の市場はいつも通り賑わっている――はずだった。
だが今日は様子が違う。
「値が三倍だと!?」
商人の怒鳴り声が響く。
「昨日までの契約はどうした!」
港の倉庫前では、荷役人夫たちが困惑していた。
帝国から届くはずだった穀物船が、来ない。
代わりに届いたのは一通の通知。
**輸出停止。**
さらに鉄鉱石、羊毛、薬草――
次々と帝国商会が取引を止めていた。
市場は混乱している。
その混乱の中心にいる人物がいた。
蒼いドレスの女性。
イザベラ・ノクス。
商業連合セレスティア代表。
「……始めたわね」
小さく呟く。
横にいる秘書が言う。
「帝国商会が市場操作をしています」
「価格吊り上げ」
「供給停止」
「輸送遅延」
イザベラは肩をすくめる。
「実に帝国らしい」
そして小さく笑う。
「戦争の代わりに市場を使う」
秘書が不安そうに言う。
「このままでは」
「連盟構想の信用が揺らぎます」
「ええ」
イザベラはあっさり認めた。
「それが狙いよ」
王城・会議室。
緊急会議が開かれていた。
ルーカス。
レティシア。
アルベルト。
そして商業連合の代表イザベラ。
机の上には市場報告書が並んでいる。
宰相が言う。
「帝国商会が主要商品の流通を止めています」
「鉄、穀物、薬草」
「すべて帝国依存が高い」
アルベルトが低く言う。
「経済封鎖だ」
レティシアは冷静だった。
「いえ」
「試験です」
全員の視線が彼女に向く。
「帝国は」
「連盟がどれだけ脆いか試している」
ルーカスが言う。
「もし市場が崩れれば」
「連盟は理念だけの構想になる」
「ええ」
レティシアは頷く。
「だから」
「ここが最初の試練」
イザベラが笑う。
「面白い」
彼女は地図を広げた。
海路。
交易都市。
「帝国は陸の国家」
「でも」
「海は私たちのもの」
アルベルトが聞く。
「対抗できるのか」
イザベラは即答した。
「もちろん」
「ただし」
彼女はルーカスを見る。
「王国が覚悟を決めれば」
沈黙。
ルーカスが問う。
「覚悟とは」
イザベラは静かに言う。
「市場戦争」
「帝国商会を潰す」
アルベルトが眉を上げる。
「商人同士の戦争か」
「そう」
イザベラは笑う。
「剣ではなく金で戦う」
レティシアが頷く。
「王国の触媒市場」
「あれを使います」
全員が理解する。
王国は今、触媒技術で市場を握りつつある。
「帝国が供給を止めるなら」
「こちらは価格を壊す」
沈黙。
ルーカスがゆっくり言う。
「始めよう」
「均衡は」
「守るだけでは続かない」
レティシアが微笑む。
「動かすものです」
王都の市場。
混乱はまだ続いている。
だが。
その混乱の裏で。
王国と商業連合は動き始めていた。
帝国が仕掛けた市場戦争。
それは。
大陸で初めての――
**経済戦争だった。**
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