第76話 信仰協定
王城・外交会議室。
重厚な木の扉が閉じられ、室内には静かな緊張が漂っていた。
王国側の席には、ルーカス、レティシア、そして宰相ヴォルフガング。
対する席には、教国ルミエルの使節団。
黒衣の司祭たち。
その中央に座るのは――聖女セラフィナ。
これが初めての対面だった。
ルーカスが静かに言う。
「遠路感謝する」
セラフィナは軽く頭を下げた。
「教国は平和を望んでいます」
形式的な言葉。
だが本題はすぐに始まる。
宰相が書簡を机に置く。
「王国は改めて提案する」
「**信仰協定**」
教国側の司祭が眉をひそめる。
「宗教中立条約」
レティシアが説明を続ける。
「国家は信仰を保護する」
「だが政治に利用しない」
「宗教は国家を導くことができる」
「だが統治はしない」
沈黙。
司祭の一人が言う。
「それは」
「信仰の力を弱める提案だ」
レティシアは首を振る。
「逆です」
彼女は冷静に言った。
「政治に使われない信仰こそ」
「最も強い」
セラフィナの目がわずかに動く。
その言葉は、彼女の心に触れた。
司祭が反論する。
「王国は信仰を管理したいのだ」
「いいえ」
レティシアは即答する。
「王国は信仰を守りたい」
彼女はゆっくり続ける。
「信仰が政治の武器になれば」
「戦争の理由になる」
沈黙。
それは歴史的事実でもある。
多くの戦争が「神の名」で行われてきた。
レティシアはセラフィナを見る。
「聖女様」
「あなたは祈りを聞いている」
「民の祈りを」
セラフィナは小さく頷く。
「なら知っているはずです」
「祈りの多くは」
「争いを終わらせてほしいという願い」
会議室の空気が変わる。
司祭たちは黙る。
セラフィナがゆっくり口を開いた。
「……もし」
「この協定が成立すれば」
「教国はどうなるのですか」
ルーカスが答える。
「教国は信仰の中心として尊重される」
「だが」
「戦争の理由にはならない」
セラフィナは考える。
それは、信仰を弱めるのではない。
むしろ守る仕組みかもしれない。
だが。
大司教会議が許すだろうか。
司祭が口を挟む。
「教国はこの場で決定できない」
「当然です」
レティシアは頷く。
「今日は提案です」
沈黙。
しばらくして、セラフィナが言った。
「私は」
「考えます」
その言葉だけでも大きい。
司祭たちは驚いた顔をする。
聖女は通常、政治的発言をしない。
だが彼女は続けた。
「信仰が」
「戦争の理由にならない世界」
「それが可能なら」
レティシアは微笑む。
「それが」
「均衡です」
会議は終わる。
教国使節団が退出する。
部屋に残るのは王国側だけ。
アルベルトが腕を組む。
「どう思う」
レティシアは窓の外を見る。
「半分成功です」
「半分?」
ルーカスが聞く。
「聖女は揺れています」
「ですが」
「教国は揺れていない」
沈黙。
そして彼女は小さく呟く。
「だから帝国は動きます」
遠く。
帝国では、すでに次の策が動き始めていた。
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