第70話 連盟という発想
王城の高塔は、朝の光を受けて静かに白く輝いていた。
昨夜の騒動が嘘のように、王都は穏やかだ。
だが、静けさは平穏とは限らない。
ルーカスは塔の窓から遠くの海を眺めていた。
帝国方面の空は、薄く霞んでいる。
「均衡は守られましたわね」
背後から声がした。
レティシアだ。
いつものように静かな足取りで部屋に入ってくる。
「守られた、というより」
ルーカスは小さく息を吐く。
「揺れが収まっただけです」
レティシアは微笑む。
「均衡とはそういうものです」
完全な静止ではない。
常に揺れながら保たれるもの。
それが彼女の思想だ。
机の上には、いくつもの地図が広げられている。
王国。
帝国。
商業都市連合セレスティア。
そして――教国ルミエル。
レティシアはその地図を見つめながら言った。
「王国は、内憂も外圧も一度乗り越えました」
「ですが」
「帝国は諦めません」
ルーカスは頷く。
リヒャルトの目を思い出す。
あの男は退いたが、敗北は認めていない。
均衡は、まだ不安定だ。
「帝国は、強さを信じている」
ルーカスが言う。
「王国は均衡を選んだ」
「この二つは、いずれ衝突します」
「ええ」
レティシアは静かに答える。
だが、その表情は冷静だった。
「だからこそ」
彼女は地図の中央を指す。
「均衡を一国の中だけに閉じ込めてはいけません」
ルーカスが振り返る。
「どういう意味です」
レティシアは指を動かす。
王国から商業連合へ。
そして小国群へ。
「均衡は、広げるべきです」
「広げる?」
「はい」
彼女の瞳が静かに輝く。
「大陸全体へ」
沈黙。
塔の窓から風が入る。
カーテンが揺れる。
「……連盟ですか」
ルーカスが言った。
「ええ」
レティシアは迷いなく答える。
「軍事同盟ではありません」
「経済連盟でもない」
「均衡連盟です」
王権、宗教、経済。
その三つを互いに監視し合う枠組み。
「もし一国が暴走すれば」
「他国が抑える」
「帝国のような強権国家でも」
「簡単に戦争を起こせなくなる」
ルーカスはゆっくり歩く。
窓の外を見つめる。
それは壮大な構想だった。
一国の改革ではない。
世界の再設計。
「大陸連盟」
小さく呟く。
「帝国は反対します」
「もちろん」
レティシアは笑う。
「ですが」
彼女は地図の西側を指した。
商業都市セレスティア。
「ここは賛成します」
次に南。
小国群。
「ここも」
帝国の影に怯える国々。
「そして」
レティシアは最後に教国を見た。
「最大の問題はここです」
信仰国家ルミエル。
宗教は政治の監視を嫌う。
「教国は拒否するでしょう」
ルーカスが言う。
「ええ」
レティシアは頷く。
「ですが」
「拒否することで、教国は孤立します」
沈黙。
それは政治的な罠でもある。
均衡は美しい理念だ。
だが、その裏には冷静な計算がある。
「……危険ですね」
ルーカスが言う。
「大陸の構造を変える」
「帝国は黙っていない」
「教国も」
レティシアは肩をすくめた。
「だからこそ」
「面白いのです」
彼女は悪役令嬢のように微笑む。
「均衡は、守るだけでは崩れます」
「動かさなければ」
ルーカスはしばらく考える。
そして。
ゆっくり頷いた。
「発表しましょう」
「大陸連盟構想を」
レティシアの目がわずかに細くなる。
「決断が早いですわね」
「兄上に学びました」
ルーカスは微笑む。
「強さとは、迷わないこと」
その時。
扉が叩かれた。
近衛騎士が入ってくる。
「陛下」
「商業連合セレスティアより使節が到着しました」
レティシアが笑う。
「噂をすれば」
ルーカスは地図を巻いた。
「迎えましょう」
「均衡を広げる第一歩です」
塔の窓から風が吹く。
王国の旗が揺れる。
その風は、やがて大陸へ広がる。
均衡は、国境を越えようとしていた。
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