第57話 帝国の軍旗
王都の祝賀ムードは、長くは続かなかった。
即位から十日後。
国境地帯より急報が届く。
「ガルディア帝国、国境付近で大規模軍事演習を開始」
王城・謁見の間。
報告を受けた新王ルーカスは、表情を変えなかった。
「規模は」
「三個軍団規模。重装騎兵を含む」
ざわめきが広がる。
三個軍団。
演習としては、過剰。
威圧だ。
アルベルトは一歩前へ出る。
「示威行動だ」
即断。
「即位直後を狙っている」
ルーカスは頷く。
「均衡王を試している、ということですね」
言葉は穏やか。
だが、意味は重い。
宰相ヴォルフガングが補足する。
「帝国は強権国家。殿下――いえ、陛下の路線を“弱さ”と見る可能性が」
「可能性ではない」
アルベルトが低く言う。
「確実だ」
謁見の間の空気が張り詰める。
強さを示さねば、舐められる。
だが。
武力を誇示すれば、戦端が開く。
「国境守備隊の強化を」
アルベルトが提案する。
「軍の再編は」
「進めています」
ルーカスは落ち着いて答える。
「ですが、今は動かない」
視線が集まる。
「動けば、帝国の思う壺です」
沈黙。
王城・北翼。
同時刻。
レティシアは、帝国関連の商流報告書を読んでいた。
「……軍事と同時に動いていますわね」
クラリッサが覗き込む。
「何がです?」
「帝国系商人の動き」
触媒の大量買い付け。
海路契約の更新停止。
保険料の急騰。
「軍事は表」
「経済が本命」
王城へ呼び出しが入る。
謁見の間。
レティシアが入室すると、アルベルトの視線が一瞬動く。
王となったルーカスが言う。
「帝国の動きを、どう見ますか」
「圧力ですわ」
即答。
「ですが侵攻ではありません」
「理由は」
「侵攻するなら、黙って動きます」
間。
「今回は、見せています」
示威。
揺さぶり。
「新王がどう反応するか」
アルベルトが腕を組む。
「力を見せるべきだ」
「見せるべきですが」
レティシアは続ける。
「軍ではありません」
全員の視線が集まる。
「帝国は、戦を好みません」
「彼らは利益を好む」
ルーカスが静かに問う。
「ならば」
「利益を削ります」
短い答え。
宰相が眉を動かす。
「経済戦か」
「ええ」
「帝国商人を締め出すのではなく」
「依存度を上げてから切る」
アルベルトの口元が、わずかに上がる。
「攻めの均衡か」
「均衡とは、譲歩ではありません」
レティシアは静かに言う。
「主導権を握ることです」
沈黙。
ルーカスはゆっくり立ち上がる。
「国境守備は強化」
「だが挑発はしない」
「同時に、帝国商流の分析を」
「王国触媒の流通経路を再設計する」
決断は、速い。
強くはない。
だが、迷いがない。
王城の外。
遠く国境では、帝国の軍旗が翻る。
赤と黒。
威圧の色。
その本陣。
帝国宰相リヒャルト・ヴァイスが、冷たい目で地図を見ていた。
「新王は動かぬか」
部下が報告する。
「軍事的反応は最小限」
「……ほう」
薄い笑み。
「ならば第二段階だ」
指が、地図の港湾を叩く。
「市場を揺らせ」
帝国の狙いは、戦ではない。
均衡を崩すこと。
王都。
夜。
ルーカスは、ひとり執務室で地図を見る。
国境。
港湾。
商流。
「均衡は」
小さく呟く。
「守るだけでは足りない」
風が吹く。
帝国の軍旗は翻る。
だが。
王国は、揺れない。
第6章、開幕。
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