第54話 退位勧告
王城・宰相執務室。
重厚な扉が閉まる。
中にいるのは三人。
宰相ヴォルフガング。
アルベルト王太子。
そして、記録係のみ。
外には誰も入れない。
「広場は沈静化しました」
宰相が静かに言う。
「第二王子殿下の対話によって」
沈黙。
アルベルトは動じない。
「一時的だ」
「かもしれません」
宰相は頷く。
「ですが、民は“選択肢”を知りました」
言葉が重く落ちる。
「王は唯一であるべきだ」
アルベルトの声は低い。
「揺らぎを見せるな」
「揺らぎは、すでに見えています」
静かな返答。
「信仰は独立」
「市場は自律」
「民は発言」
一つ一つ、積み上げられた現実。
「王権の形が変わりつつあります」
「変えるつもりはない」
「ですが」
宰相は、まっすぐ見る。
「民が望まぬ形は、長く続きません」
長い沈黙。
「何が言いたい」
アルベルトの目が鋭くなる。
宰相は一歩踏み込む。
「退位をご検討ください」
空気が凍る。
「……何だと」
「正式な即位前に、継承を再考する」
「私を退ける気か」
「国家の安定のためです」
怒号はない。
だが、怒りはある。
「私が誤っていると?」
「誤りではありません」
宰相は淡々と続ける。
「時代と噛み合わなくなっている」
それは、最大の否定。
「第二王子を推す声が、宗教、商業、貴族の一部に広がっております」
証拠書類が机に置かれる。
推薦書。
意見書。
署名。
「……裏切り者め」
「忠誠です」
宰相は揺れない。
「国家への」
沈黙。
アルベルトは、ゆっくり椅子にもたれる。
「父上の差し金か」
「陛下は何も命じておりません」
だが、王の言葉はあった。
――民が必要とする方が立て。
それは十分だった。
「私に退けと」
「退くことは、敗北ではありません」
「では何だ」
「選択です」
室内の空気が重い。
「強く握る王として記憶されるか」
「時代を見て退いた王として記憶されるか」
刃のような言葉。
アルベルトは立ち上がる。
窓へ向かう。
王都の灯り。
広場。
民。
「……私は、守ろうとしただけだ」
初めて、弱さが混じる。
「知っております」
宰相の声は柔らかい。
「だからこそ、今退くことが国を守ります」
長い沈黙。
王太子は振り返らない。
「時間をくれ」
低い声。
「三日」
「承知いたしました」
扉が閉まる。
廊下。
宰相は深く息を吐く。
「動き出した」
王位は、流動化した。
北翼。
ルーカスは報告を受ける。
「退位勧告」
静かに目を閉じる。
「……兄上」
勝利ではない。
重みだ。
王城の空気が、変わる。
三日後。
王国の形が決まる。
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