第53話 王子は民の前に立つ
王都・中央広場。
統制令から十日。
不満は燻り続けていた。
だが暴動には至らない。
その均衡の中。
ひとつの噂が広がる。
――第二王子が来る。
ざわめきが広場に満ちる。
近衛騎士の列が道を開ける。
だが。
馬車はない。
豪奢な演出もない。
ルーカスは、徒歩で現れた。
灰青色の瞳。
簡素な王子装。
過剰な威圧はない。
ただ、まっすぐに壇へ向かう。
マリアが息を呑む。
「殿下……」
ルーカスは、彼女に一礼する。
「あなたの言葉は届いています」
広場が静まる。
「私は命令を出しに来たのではありません」
穏やかな声。
「聞きに来ました」
ざわめき。
王族が“聞く”と言った。
「触媒が足りない」
「価格が固定では回らない」
商人が声を上げる。
「奇跡が怖い」
「でも必要だ」
別の声。
ルーカスは、遮らない。
最後まで聞く。
怒号も、不安も。
やがて、静かに言う。
「揺れは、悪ではありません」
広場が静まる。
「揺れは、変化の前触れです」
兄の言葉とは違う。
抑え込まない。
「国家は強くあらねばならない」
一拍。
「ですが、強さとは押さえつけることではありません」
風が吹く。
「触媒価格固定は、再検討します」
広場がざわめく。
「王家備蓄の一部公開」
「流通透明化」
「商人代表との協議会設置」
具体策。
理想論ではない。
マリアが、目を見開く。
「……本当に、聞いてくださるのですか」
「ええ」
即答。
「民は国家の外ではありません」
静かな拍手が起こる。
徐々に広がる。
暴動の気配は消える。
王城・南翼。
アルベルトは報告を受ける。
「広場は沈静化」
「第二王子が対話を」
沈黙。
怒りではない。
複雑な表情。
「……収まったのか」
「はい」
短い返答。
アルベルトは窓を見つめる。
力を使わず、揺れを整えた。
それは。
自分の方法ではない。
広場。
ルーカスは最後に言う。
「戒厳は出ません」
安心が広がる。
「ですが、秩序は守ります」
強さも捨てない。
均衡。
それが彼の答え。
ヴァルデン。
「沈静化」
報告を受け、レティシアは微笑む。
「中心に立ちましたわね」
クラリッサが小さく言う。
「王の器……」
「ええ」
静かに頷く。
だが。
王位はまだ動いていない。
王城の奥。
宰相ヴォルフガングが、深く息を吐く。
「民が選び始めた」
それは決定的。
王位は、血だけでは決まらない。
王都の空気が、変わった。
強さではなく。
均衡へ。
振り子は、中央に戻り始めた。




