第49話 均衡の対峙
王都・商業区。
統制令から五日。
表向き、価格は安定していた。
だが。
「在庫が出てこない」
「上限価格じゃ赤字だ」
「裏で売るしかない」
地下取引が広がり始める。
触媒は王管理。
だが王の倉庫は有限。
民衆の不満は、静かに積もる。
そして。
中央広場で、小さな衝突が起きた。
「触媒を回せ!」
「王の命令だ、従え!」
押し合い。
怒号。
近衛騎士が間に入る。
刃は抜かれない。
だが空気は、切迫していた。
王城。
「商業区で衝突」
報告が届く。
アルベルト王太子の顔が、険しくなる。
「取り締まれ」
「ですが殿下、原因は供給不足で」
「言論を抑えろ」
強い。
強すぎる。
その時。
扉が開く。
「兄上」
ルーカスが入室する。
空気が変わる。
「何の用だ」
「衝突の報告を受けました」
「統制が足りない」
「逆です」
即座に。
室内が凍る。
「統制が強すぎる」
アルベルトの視線が鋭くなる。
「民は揺れている」
「だからこそ軸が必要だ」
「軸は固定ではありません」
ルーカスは一歩進む。
「調整です」
沈黙。
兄弟の思想が、正面からぶつかる。
「お前は、民を信用しすぎだ」
「兄上は、民を恐れすぎです」
静かな言葉。
だが、刃のよう。
「王は強くあれ」
アルベルトの声は揺れない。
「揺らぎを断て」
「揺らぎを断てば、反発が生まれます」
ルーカスは視線を逸らさない。
「民は敵ではありません」
「甘い」
「締め付ければ、地下に潜ります」
統制令の報告書が机に置かれる。
地下取引増加。
密輸兆候。
価格歪み。
「今はまだ小さい」
ルーカスは続ける。
「ですが、放置すれば爆発します」
アルベルトの拳が、わずかに震える。
「お前は王位を狙っているのか」
唐突な問い。
空気が止まる。
「いいえ」
即答。
「兄上を否定して王になる気はありません」
「なら黙っていろ」
「壊れるなら、黙りません」
静かだが決定的。
兄弟の溝が、可視化される。
扉の外。
宰相ヴォルフガングが、深く息を吐く。
分岐点だ。
アルベルトは、ゆっくり背を向ける。
「退け」
短い命令。
ルーカスは一礼し、部屋を出る。
廊下。
彼は一瞬だけ、目を閉じる。
兄を敵にしたくない。
だが。
国家が壊れるなら。
選ばなければならない。
同じ頃。
ヴァルデン。
「王城で兄弟対峙」
グラントが報告する。
レティシアは、静かに頷く。
「振り子が、最大角度に近い」
「暴発しますか?」
クラリッサが問う。
「ええ」
「ですが、どちらが折れるかはまだ分かりません」
王都の夜。
地下で触媒が密かに取引される。
近衛が巡回を強める。
不満は、見えない火種となる。
王権は、今。
力で押さえるか。
均衡を選ぶか。
次に動くのは。
民か。
王か。
それとも――。
揺れは、もう止まらない。




