第50話 声を持つ民
王都・中央広場。
統制令から七日。
表面は静かだ。
だが、水面下は煮え立っている。
その日、小さな壇が組まれた。
豪奢ではない。
即席の木製台。
その上に立ったのは、一人の女性だった。
マリア・フェルド。
元医療補助員。
奇跡暴走未遂の日、広場で負傷者を支えていた。
「私は、王に逆らいたいのではありません」
声は震えていない。
「私は、救われたいのです」
民衆が静まる。
「奇跡は、私たちの希望でした」
「でも、壊れかけた」
「怖かった」
あの日の記憶が、共有される。
「でも」
彼女は続ける。
「助けられました」
暴走を止めた安定陣。
混乱を抑えた人々。
「奇跡も、契約も、どちらも必要です」
ざわめき。
「私たちは、敵ではありません」
「信仰を守りたい」
「生活も守りたい」
声が重なる。
それは暴動ではない。
訴えだ。
王城。
「中央広場で演説」
報告が届く。
アルベルトの表情が硬くなる。
「扇動か」
「いいえ」
側近が言い淀む。
「民意の表明です」
沈黙。
取り締まれば弾圧。
放置すれば拡大。
北翼。
ルーカスも報告を受ける。
「マリア・フェルド……」
「医療補助員、奇跡暴走の日の証言者です」
彼は頷く。
「危険思想ではない」
「ええ」
「国家への敵意もない」
ただ。
不安を言葉にしているだけ。
「兄上は、どう動く」
それが分岐点。
広場。
「私たちは選びたいのです」
マリアの声が響く。
「強く握られるのではなく」
「支えられたい」
拍手が起こる。
大きくはない。
だが、確実。
その瞬間。
近衛騎士団が姿を見せる。
空気が緊張する。
だが。
騎士団長カルロスは、剣に手をかけない。
視線は、民衆を観察する。
暴徒ではない。
ただの市民。
報告は王城へ上がる。
「どうする」
アルベルトは、長い沈黙の後に言う。
「……監視を続けろ」
即時弾圧はしない。
だが。
焦りは増す。
ヴァルデン。
「民意が顔を持ちました」
グラントが告げる。
レティシアは静かに頷く。
「これで、武力は使いにくくなりました」
「ですが」
クラリッサが不安げに言う。
「火種は増えています」
「ええ」
「揺れは、もう個人では止まりません」
王城。
夜。
ルーカスは中庭を歩く。
遠くに見える王都の灯り。
「民は、敵ではない」
兄に言った言葉。
自分にも言い聞かせる。
彼は理解している。
今動けば、王位争いになる。
動かなければ、国家が歪む。
選択の時は近い。
広場では、マリアの言葉が語り継がれている。
「信仰も生活も守りたい」
その声は、小さい。
だが。
国家を動かすには、十分だった。
振り子は、中央へ戻る直前。
次に起こるのは。
対話か。
決裂か。




