第45話 信仰は、強制できない
王都とヴァルデンの中間にある、小さな礼拝堂。
華美な装飾も、大規模な増幅装置もない。
ただ、木製の長椅子と、簡素な祭壇。
そこで、二人は向き合っていた。
レティシア。
セラフィナ。
かつては、象徴として対立させられた存在。
だが今は。
「お会いできて、よかった」
セラフィナが、静かに頭を下げる。
「こちらこそ」
私は、穏やかに微笑む。
「お疲れでしょう」
「少しだけ」
小さな笑み。
以前のような、作られた微笑ではない。
本心の、柔らかな表情。
「奇跡は、安定していますか」
「増幅を抑えれば」
セラフィナは頷く。
「弱いですが、揺らぎません」
「それで十分です」
沈黙。
礼拝堂の窓から、午後の光が差し込む。
「私は……」
セラフィナが、ゆっくり言葉を選ぶ。
「神ではありません」
「ええ」
「でも、祈りは本物です」
「知っています」
私は、迷いなく答える。
敵意はない。
奪う気もない。
「奇跡は、誰のものだと思いますか」
セラフィナが問う。
以前の問い。
今は、静かな響き。
「奇跡は」
私は、少し考える。
「あなたの祈りと、支える人々の努力の結晶です」
「独占すべきでは?」
「ええ」
即答。
「独占すれば、依存が生まれます」
「依存は、脆い」
セラフィナが、静かに続ける。
もう理解している。
「信仰は、強制できません」
私は、ゆっくり言う。
「契約も同じです」
縛りつければ、破れる。
押し付ければ、反発する。
「私は、奇跡を守りたい」
セラフィナの瞳は、澄んでいる。
「でも、王権のためではありません」
「人のために」
同じ言葉。
思想が重なる。
「私は、契約を守りたい」
私は続ける。
「でも、支配のためではありません」
「安心のために」
礼拝堂に、静かな空気が満ちる。
対立ではない。
共存。
「王太子殿下は……」
セラフィナが、少しだけ寂しそうに言う。
「彼は、王国を守ろうとしている」
「ええ」
「ですが、方法が違う」
強さで守るか。
支え合いで守るか。
振り子は、もう戻らない。
「あなたは、敵ではありません」
セラフィナが、はっきり言う。
「最初から、そのつもりはありません」
私は微笑む。
「利用されただけですわ、私たちは」
王権。
象徴。
支配。
その枠組みの中で。
だが。
枠は、ひび割れた。
王都。
宗教会議で、正式発表がなされる。
――奇跡増幅装置の一部公開。
――触媒供給の市場開放。
――聖女は政治的象徴から独立。
小さな改革。
だが、大きな意味。
王太子は、沈黙するしかない。
孤立は、確定した。
ヴァルデン。
私は、遠く王都を思う。
「信仰も、契約も」
静かに呟く。
「強制すれば壊れます」
風が吹く。
市場は安定した。
奇跡は再定義された。
第4章、完。
だが。
王権のひびは、広がっている。
次に揺れるのは。
王位そのものだ。
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