第44話 聖女の選択
暴走未遂から三日。
王都は、異様な静けさに包まれていた。
奇跡は起きた。
だが、壊れかけた。
その光景は、多くの目に焼き付いている。
王城、執務室。
「聖女の発言は、訂正させろ」
アルベルト王太子の声は、低く張り詰めていた。
「“私は神ではない”――あれは不適切だ」
側近が慎重に答える。
「ですが殿下、民衆は暴走を目撃しています」
「だからこそだ」
アルベルトは机を叩く。
「象徴が揺らげば、王国が揺らぐ」
彼にとって奇跡は、救済ではない。
統治の基盤だ。
その日の午後。
セラフィナは王城へ呼び出された。
広い応接間。
向かい合う二人。
「君の発言は軽率だった」
アルベルトは、開口一番そう言った。
「軽率……」
「民衆に疑念を与えた」
セラフィナは、静かに目を伏せる。
だが。
逃げない。
「私は、嘘をつけません」
「嘘ではない。演出だ」
その言葉に、胸が痛む。
「私は、演出のために祈っているのではありません」
沈黙。
アルベルトの眉が動く。
「君は王国の聖女だ」
「私は、祈りを捧げる者です」
声は震えていない。
「奇跡は、限界があります」
「支えが必要です」
「それを公言する必要はない」
「あります」
はっきりと。
「隠せば、また暴走します」
視線がぶつかる。
思想の衝突。
「私は、救いたいだけです」
セラフィナの言葉は、柔らかい。
だが強い。
「王国のためではなく?」
「王権のためではなく?」
「人のために」
その瞬間。
アルベルトの顔が、硬くなる。
王国より、人。
象徴より、現実。
それは、王権の優先順位と逆だ。
「……君は、変わった」
「初めて、自分で考えました」
静寂。
やがて、アルベルトは言う。
「次の儀式は中止だ」
それは譲歩ではない。
現実を見た結果。
「だが」
彼の声が低くなる。
「政治には、距離を置け」
「……はい」
だがその“距離”は、実質的な切り離しを意味していた。
王城を出る。
エリスが待っている。
「聖女様……」
「私は、王太子殿下の象徴ではいられません」
穏やかに言う。
「でも、祈りは続けます」
大聖堂。
地下装置は、修復中。
増幅率は下げられる。
触媒供給は、公開市場へ移行準備。
アルフォンス大司教が、静かに言う。
「あなたは、覚悟を決めましたね」
「はい」
「信仰は、守ります」
「ですが、独占はしません」
それは、宗教の再定義。
ヴァルデン。
「王太子と聖女、距離発生」
グラントが報告する。
「公式には発表なし」
「十分です」
私は微笑む。
王太子は孤立した。
宗教は再編に向かう。
聖女は、自立した。
夜。
セラフィナは、静かに祈る。
装置は使わない。
小さな光が灯る。
弱い。
だが。
揺らがない。
奇跡は、完全ではない。
だからこそ。
支え合う。
それが、彼女の選択だった。




