第41話 王太子の焦り
王城、執務室。
机の上に広がる報告書は、どれも芳しくなかった。
――大規模儀式、制御不安定。
――民衆の反応、賛否拮抗。
――宗教内部で方針対立。
アルベルト王太子は、報告書を握りつぶす。
「なぜ、こうなる」
低い声。
側近が慎重に答える。
「奇跡の構造が一部露呈したことで、神秘性が揺らいでおります」
「神秘性など問題ではない」
アルベルトは立ち上がる。
「重要なのは“象徴”だ」
奇跡は王権の象徴。
聖女は王国の正統性。
それが揺らぐということは。
王位継承の基盤が揺らぐということだ。
「大司教は?」
「ヴァルデンと協議中です」
その言葉に、空気が凍る。
「……勝手に動くなと言ったはずだ」
「宗教側は、奇跡の安定を優先しております」
アルベルトは、ゆっくり息を吐く。
苛立ち。
だが、怒鳴れない。
宗教を敵に回せば、民衆を敵に回す。
「レティシア」
名を口にするだけで、胸がざわつく。
商会を崩し。
市場を掌握し。
今度は信仰にまで手を伸ばす。
「彼女は、何を望んでいる」
支配ではない。
金でもない。
それが分からない。
大聖堂。
アルフォンス大司教は、静かに報告を聞いていた。
「王太子殿下は、再度の大規模儀式を検討」
「愚策だ」
珍しく、強い言葉。
「触媒供給は安定していない」
「暴走すれば、取り返しがつかぬ」
「ですが、殿下は象徴維持を優先しております」
アルフォンスは目を閉じる。
信仰は、支配の道具ではない。
だが今。
政治がそれを握ろうとしている。
ヴァルデン。
「王城内部、焦り強まる」
グラントが報告する。
「再儀式の可能性」
「止めます」
私は即答する。
クラリッサが、静かに言う。
「聖女様は?」
「彼女はもう、自分で考え始めています」
問題は。
王太子だ。
王城。
アルベルトは、ひとりになった。
窓の外、王都を見下ろす。
自分が守るべき王国。
だが。
市場は彼を必要としなかった。
商会は崩れた。
宗教は独自に動く。
「私は、間違っているのか」
誰にも聞こえない声。
だが。
すぐに打ち消す。
「違う」
王権は強くなければならない。
信仰は揺らいではならない。
奇跡は、完全でなければならない。
完璧であること。
それが正統性。
だが。
完璧は、脆い。
その夜。
セラフィナのもとに、書簡が届く。
――次の儀式で、完全な奇跡を。
彼女は、静かに目を閉じる。
そして。
初めて思う。
「……断ることは、できますか」
振り子は、大きく振れている。
市場は安定へ。
信仰は揺らぎへ。
政治は焦りへ。
次に崩れるのは。
権威か。
あるいは――王太子そのものか。




