第40話 聖女の葛藤
大聖堂の控室は、異様な静けさに包まれていた。
外では、儀式の余波がまだ残っている。
民衆のざわめき。
噂。
困惑。
だが、この部屋には届かない。
セラフィナは、椅子に座ったまま動けずにいた。
胸の奥が、まだ熱い。
光が暴れかけた瞬間の感覚が、消えない。
「聖女様……」
エリスが、そっと膝をつく。
「お体は」
「大丈夫です」
反射のように、そう答える。
だが、声は弱い。
「私の力は……」
震える指を見つめる。
――触媒がなければ、不安定。
――増幅装置がなければ、弱い。
――制御がなければ、暴走する。
奇跡は、神秘ではなかった。
「私は、本当に選ばれたのでしょうか」
その言葉は、初めて口にした本音だった。
エリスが、息を呑む。
「聖女様は、救ってこられました」
「でも」
セラフィナは、ゆっくり首を振る。
「救ったのは……私だけではない」
地下装置。
触媒。
祈りの場。
王国の資金。
支えられていた。
その現実が、胸を締め付ける。
扉が開く。
アルベルト王太子が入ってくる。
「無事か」
「はい」
セラフィナは、立ち上がろうとする。
だが、膝が震える。
「座っていろ」
彼は、苛立ちを隠せていない。
「今日のことは、誤解だ」
「誤解……?」
「増幅が過剰だっただけだ」
彼は言い切る。
「民衆にはそう説明する」
セラフィナの胸が、痛む。
「でも……」
「君は奇跡だ」
強い声。
「それが揺らげば、王国が揺らぐ」
その言葉は、優しさではない。
重圧だった。
アルベルトが去る。
静寂。
セラフィナは、ゆっくり息を吐く。
「私は……王国のための奇跡?」
エリスが、そっと言う。
「聖女様は、救いたいのですよね」
「ええ」
迷いなく答えられる。
「ただ……救いたいだけ」
そこに政治はない。
支配もない。
その夜。
セラフィナは、ひとりで聖堂の奥へ向かった。
地下装置の前に立つ。
巨大な魔導陣。
触媒槽。
結晶柱。
奇跡の構造。
「……これが、私の力」
手を伸ばす。
装置を介さず、祈る。
小さな光が灯る。
弱い。
だが、確かにある。
増幅はない。
派手でもない。
それでも。
優しい。
「これが、本当の私」
涙が、ひとすじ落ちる。
翌朝。
王都には、二つの噂が広がっていた。
一つは、
――奇跡は装置頼りだった。
もう一つは、
――聖女様は倒れなかった。
どちらも、真実。
ヴァルデン。
「民衆の反応は二分」
グラントが報告する。
「信仰を守るべきという声と、透明化を求める声」
クラリッサが、小さく言う。
「聖女様は、敵ではありませんね」
「ええ」
私は、静かに答える。
「彼女は、利用されているだけ」
次は。
彼女自身の選択。
振り子は、まだ止まらない。
だが今。
聖女は初めて、自分の足で立とうとしている。




