第24話 揺らぐ契約
契約停止の通達は、朝一番に届いた。
差出人は――南部小領、アルノー子爵領。
封蝋が、やけに重く感じる。
クラリッサが、無言でそれを差し出す。
私は、静かに開封した。
文面は、丁寧だった。
敬意も、感謝も記されている。
だが、結論は明確。
――市場価格急落につき、契約の一時停止を通告する。
沈黙。
室内の空気が、冷える。
「……来ましたね」
グラントの声が低い。
「影響は?」
「南部経由の触媒流通が止まります」
「全体の一五%」
一五%。
数字にすると、軽くはない。
クラリッサが、拳を握る。
「説得に行きます」
「まだ間に合うはずです」
「行かなくて結構ですわ」
私は、穏やかに言った。
「え……?」
「彼らは、合理的に判断しただけです」
責めることではない。
市場価格が半分になれば、契約価格は高く見える。
子爵は、自領を守っただけだ。
「ですが!」
クラリッサの声が、わずかに震える。
「これが続けば――」
「続きます」
私は、即答する。
「もう一つか、二つは来るでしょう」
それが価格戦争。
信用が揺らぐ。
契約が揺らぐ。
そして――
「ここで価格を下げれば」
私は、静かに続ける。
「私たちの負けです」
沈黙。
カイルが、低く問う。
「守れますか」
「守ります」
短い返答。
だが、重い。
その頃、王都。
レオンハルトは報告を受けていた。
「アルノー子爵、契約停止」
「ほう」
彼は、薄く笑う。
「予想より早いな」
「他領も様子見に入っています」
「良い」
彼は立ち上がる。
「市場は恐怖で動く」
「恐怖を広げろ」
新聞。
噂。
商人の間の囁き。
――ヴァルデンは持たない。
――在庫は底をつく。
――価格を維持できない。
その夜。
ヴァルデンの広場は、いつもより静かだった。
商人たちの会話も、どこか落ち着かない。
「本当に大丈夫なのか」
「王都は半額だぞ」
小さな声が、耳に入る。
クラリッサが、不安そうに私を見る。
「……民が、揺れています」
「ええ」
私は、空を見上げる。
雲は厚い。
嵐の前の空気。
「恐怖は、数字では測れません」
だから厄介。
グラントが、帳簿を差し出す。
「在庫は、まだ十分あります」
「ですが心理が――」
「心理を動かすには」
一拍置く。
「事実を見せるしかありません」
クラリッサが、息を呑む。
「公開……しますか?」
「ええ」
私は、頷いた。
「全備蓄を」
室内が静まり返る。
「それは……」
「大きな賭けです」
そう。
備蓄公開は、最後の切り札に近い。
だが、ここで出す。
「恐怖を断ち切るには、透明性です」
その瞬間、追加の報告が届く。
「……西部小領、契約条件見直し要請」
二件目。
クラリッサの顔色が変わる。
確実に、揺れている。
市場も。
契約も。
人の心も。
だが。
私は、深く息を吸う。
「明日、公開します」
恐怖に、対抗する。
レオンハルトは、恐怖で揺らす。
ならば私は、事実で止める。
だが今は。
ヴァルデンは、明確に押されている。
価格戦争は、本気で始まったのだ。
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