第21話 王国は、交渉を選んだ
王都からの正式使節団は、前回とは明らかに違っていた。
旗は掲げられている。
だが、兵の数は最小限。
威圧ではなく、体面を保つための体裁。
――選びましたわね。
広場に集まった人々の視線の中、私は静かに歩み出る。
馬車から降りたのは、エルンストとヴァルター。
そして、新たな人物。
「王国宰務顧問、カール・ヴァイスベルク」
中年の男。
穏やかな笑み。
だが目は冷静。
「本日は、対話のために参りました」
対話。
その言葉に、空気がわずかに和らぐ。
集会所に場所を移す。
机を挟み、再び向き合う。
「王国は」
カールが口を開く。
「ヴァルデンを、敵とは見なさない」
第一歩。
「同時に、無秩序も望まない」
「無秩序ではありませんわ」
私は穏やかに返す。
「契約に基づく秩序です」
カールは、微笑を崩さない。
「ええ、理解しています」
理解。
その言葉が出た時点で、勝敗は見えている。
「王国は、以下を提案します」
書面が差し出される。
一、ヴァルデンを“特別商圏”として認定。
一、既存契約の有効性を暫定承認。
一、税率の固定(三年間)。
代わりに。
一、王国への優先供給契約。
一、他国との軍事的同盟の禁止。
私は、書面をゆっくり読む。
(悪くありませんわね)
クラリッサが、わずかに息を整える。
グラントは、即座に数字を計算している。
「監督官は?」
私は確認する。
「常駐はしない」
カールが答える。
「年二回の監査のみ」
ここが、譲歩だ。
「……悪くありません」
私は、静かに頷く。
「ですが」
視線を上げる。
「優先供給は、価格保証とセットで」
カールの目が、わずかに細くなる。
「市場変動に左右されない最低価格」
「それを条件に、供給を保証します」
沈黙。
ヴァルターが、小さく息を吐く。
「合理的だ」
カールは、数秒考え、頷いた。
「追加条項として記載する」
筆が走る。
紙に刻まれる音が、やけに鮮明に聞こえる。
やがて、書面が整った。
「これで」
カールが、静かに言う。
「王国とヴァルデンは、対話可能な関係となる」
私は、ペンを取る。
一瞬だけ、空気が止まる。
――断罪の日から、ここまで。
静かに、署名する。
インクが乾く。
「合意ですわ」
その瞬間。
広場の外で待っていた人々のざわめきが、大きくなる。
戦争ではない。
服従でもない。
交渉。
王国が、初めてそれを選んだ。
カールは立ち上がる。
「正直に言いましょう」
彼は、私を見据える。
「あなたを、見誤っていた」
「いいえ」
私は、微笑む。
「最初から、見ようとしなかっただけです」
ヴァルターが、静かに呟く。
「……敵に回すには、遅すぎた」
使節団は去っていく。
残されたのは、静かな達成感。
クラリッサが、そっと言う。
「……これで、終わりですか?」
「いいえ」
私は、窓の外を見る。
「これで、始まりです」
ヴァルデンは、王国の一部でありながら。
完全な従属ではない。
半自治。
特別商圏。
名は何でもいい。
重要なのは――
**対等に、条件を出せる立場になったこと**。
断罪された悪役令嬢は。
いまや、王国と契約を結ぶ存在となった。
第2章は、ここで一つの区切りを迎える。
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