第20話 選ばれるのはどちらか
最初に動いたのは、西の小領だった。
名を、リュッカ辺境伯領。
王都から遠く、だが完全に切り捨てられてはいない中途半端な位置。
ある日、簡素な馬車がヴァルデンに到着した。
乗っていたのは、若い男。
二十代後半。
華美ではないが、質の良い服装。
「リュッカ領代理、アーノルト・リュッカと申します」
名乗りは丁寧。
だが、視線は真剣だった。
「本日は、確認に参りました」
「何をでしょう?」
私は、穏やかに問う。
「噂が、事実かどうかを」
率直だ。
彼は、集会所を見渡す。
帳簿。
契約書。
魔導補助装置。
「王都では、こう言われています」
「“ヴァルデンは王国を裏切る準備をしている”と」
周囲がざわめく。
私は、表情を変えない。
「裏切る、とは?」
「税を独自に再定義し」
「供給網を王都から切り離し」
彼は、一瞬だけ言い淀む。
「……独立の兆しだと」
静寂。
私は、ゆっくりと立ち上がる。
「こちらへ」
アーノルトを、倉庫へ案内した。
そこには、整然と並ぶ物資。
記録された帳簿。
契約一覧。
「ご覧の通りです」
私は、淡々と説明する。
「ここにあるのは、取引の記録」
「契約の履歴」
「王国と結んでいないのは」
「王国が結ばなかったからです」
アーノルトは、しばらく黙って帳簿を眺める。
「……効率が良い」
ぽつりと漏らす。
「リュッカ領では、同じ成果を出すのに二倍の人手が必要です」
「仕組みが違います」
「それを、導入できると?」
「条件次第で」
私は、真っ直ぐに彼を見る。
「こちらは、支配を求めません」
「契約を求めます」
アーノルトの表情が、揺れる。
「王都は、我々に忠誠を求めます」
「こちらは?」
「履行を求めます」
沈黙。
外では、人々が静かに作業を続けている。
誰も、命令していない。
「……もし」
アーノルトが、低く問う。
「王都が強硬策を取ったら?」
「可能性はあります」
「その時、守れるのですか」
私は、少しだけ微笑んだ。
「守るのは、軍ではありません」
視線を外へ向ける。
「利益です」
アーノルトの眉が動く。
「利益?」
「ええ」
「王国が、ここを潰して損をする状態にしておく」
「それが、防壁です」
しばらくの沈黙。
やがて、彼は深く息を吐いた。
「……選ばされているのですね」
「いいえ」
私は、即答する。
「選ぶのは、あなたです」
その日の夕方。
リュッカ領との簡易契約が結ばれた。
内容は限定的。
魔導補助技術の共有。
共同物流。
だが、意味は大きい。
それは――
**王国以外が、初めてレティシア側を選んだ瞬間**だった。
数日後。
王都。
「リュッカが、契約を?」
アルベルトが立ち上がる。
「はい」
「形式上は技術協力ですが」
ヴァルターが、静かに続ける。
「事実上、勢力拡大です」
沈黙。
エルンストが、低く言う。
「……放置できない段階に入った」
アルベルトは、拳を握る。
「交渉を、進めろ」
それは、決定だった。
一方、ヴァルデン。
私は、契約書を閉じる。
「一つ目ですわね」
クラリッサが、息を吐く。
「これで……後戻りできませんね」
「ええ」
私は、静かに頷く。
「王国は、選ばなければなりません」
支配か。
共存か。
そして――
次に動くのは、王国だ。




