箱庭の破壊者を摘まみ出すには
大変なことが起きた。
いくつも箱庭を管理する中、久方ぶりにはじめの世界を見に戻ると、転生記憶の記録が消えていた。
最初は一件。次に数件。やがて、無視できない数にまで増えた。
転生者が前世を思い出せなくなること自体は、箱庭の中で起こり得る現象だ。
いくら精巧に引き継がれていても、記憶が欠落したり、人格の一部が変化したり、前世との繋がりが曖昧になったりする。
それらの機構はこの箱庭を取り巻く霧によって成り立っている以上、私達の支配下には置ききれない。
そして人工的に作った転生コピーは、さらに不確かだ。
―――――それはいい。もとより承知の上だ。
しかし、これは違う。
消えているのは、転生記憶そのものではない。
この世界で築き上げてきた、この世界の人物や異世界から転移転生してきた者の記憶データバンクが、片っ端から消されているのだ。
記憶データバンクは現在政府の管理下に置かれ、生まれてから数年、濃厚な前世の記憶がある者は記憶を奪われるか身柄を確保されるか選ばされ、ほとんどが前者を選択していた。
「……なるほど」
眼鏡の位置を直し、腕まくりをする。
記録を復元する。消去された範囲を調べる。消去の手口を特定する。バックアップと照合する。
できることから順番に片づけていく。
幸い、箱庭内のデータはバックアップから修復できた。記録が消えたことによる影響も、可能な範囲で巻き戻せる。
問題は、消去した人間がまだそこにいることだった。
そいつは、金を要求していた。
記録を返してほしければ金を払え。払わなければ、もっと消す。
ずいぶんと分かりやすい脅迫だった。
私は相手の足取りを追った。
うまく隠れていたようだが、管理者の手にかかれば造作もない。
やがて、ひとりの男に行き着いた。
でっぷりとした体格。脂ぎった顔。年齢を重ねた男特有の、妙に馴れ馴れしく、それでいて他人を値踏みする目つき。
男は貧しい転生者たちに恩を売っていた。情報の闇取引。生活に困っている者を助けるべくバンクから便利な「前世の記憶」を抜き出し、気になっている相手の転生先情報を与え、時には金を貸す。
その一方で、恩を売った者の事情を記録し、弱みを握り、彼らが成り上がった後金に換えていた。
金持ちには薄笑いを浮かべて嫌味を言い、貧乏人には親身な顔をして近づく。
善人と悪人、どちらも利用している。
「……?あらまあ、どちらさまで?」
男は、私の姿を認めると、悪びれもせずに笑った。
「あなたが消した記録について伺いたいのですが」
「おやおや。消した、とは人聞きの悪い。ちょっとした情報整理ですよ。古い記録がいつまでも残っているのも、よろしくないでしょう?」
「では、整理した記録を返していただけますか」
「それはできませんねえ」
男はあっさりと言った。
「こちらも商売ですから。タダで情報を提供してくれなんて、金持ちの考えることですよ」
「あなたが要求しているのは、情報提供の対価ではありません。記録を人質に取った身代金でしょう」
「言い方というものがありますなあ」
男は肩をすくめた。
「アタシは困っている人たちを助けているんですよ。世の中、金がなければどうにもならないことばかりでしょう? 持っているところから取って、持っていないところに回す。悪いことですかね?」
「あなた自身が持っていないところに回しているようには見えませんが」
「そりゃあ、仲介料というものがございますから」
「……」
この男と道徳について議論しても、時間の無駄だろう。
彼は自分が何をしているのか理解している。理解したうえで、自分に都合のいい理屈を選んでいる。
また繰り返されても困るので、男の行動を追い続けた。
男は時間を巻き戻してもまた同じことをした。
男は記録を消し、要求を突きつけ、相手が抵抗すれば別の記録を消した。やがて政府は混乱し、転生記憶の流出により人間関係が崩れ、積み上げられてきたものが次々と失われていくよくになった。
男ー田貫は、何を失わせれば、最も高い値段をつけられるのかを値踏みしているかのようだった。
箱庭の修復を私は行い続けた。
バックアップを確保し、復元可能な部分を戻し、影響範囲を確認する。
男の脅迫に屈するつもりはなかった。
だが、男の行動は、私の想定を超えていた。
箱庭内の記録を消すだけでは終わらなかったのだ。
男は、箱庭の外にあるデータベースに手を伸ばそうとしていた。
転生者達の記憶を人工知能に読み込ませ、それをもって他の箱庭を、また修復し続けている存在を策定させ、指を伸ばした。
二度目に彼のもとに姿を現した時、彼は、私が来るのを分かっていたかのように嗤った。
「……はじめまして?どなたですかねぇ」
「……私が誰かなど今はお気になさらず、自分が何をしようとしているのかをきちんとご自覚内省なさったほうがよろしいのでは?」
「さあ、なんのことやら?」
男は笑った。
その返答を聞いて、ひとつの結論に至った。
この男を箱庭の中に置いておくわけにはいかない。
この男は止められるまで、どこまでも這い上がろうとするだろう。
「……もう結構です」
「おや?」
男を見据える。
「あなたには、こちらへ来ていただきます」
「こちら?」
「箱庭の外です」
男の笑みが、ほんの少しだけ深くなった。
「……へえ?」
怯えた様子はなく、むしろ、興味を持ったようだった。
「それはまた。ずいぶんと面白そうなお話で」
……早くも後悔が胸を過る。
失敗したかもしれない。
男にとって、箱庭の外へ出ることは罰ではないのだ。
新しい市場を見つけた商人の顔をしている。
それでも、ここで放置するわけにはいかない。
箱庭の外なら、最悪他の管理人達に揉んでもらえるだろう。
そう思い、私は彼を『外側』へ連れ出した。




