予定調和の作り方
失敗した。失敗した。失敗した。
手を出してみた、二つ目の世界で、私は盛大に失敗していた。
現代日本に近い世界の箱庭。
そこには、恋をしていた少女の死体と、復讐に燃える二人の人間がいた。
SF科学も錬金術も魔術もない世界で、死んだ人間が生き返ることはなかった。
「……なんですか、これ」
声が震えた。
「なんですか、これ!?」
「あーあ、やらかしたか」
隣でマドエが愉しそうに微笑んだ。
何だ?本当に腹立つこいつ。
「何が起きたのか説明してください!」
「見れば分かるだろう。お前の箱庭で大事な人が殺された。良かったな、『変化』だ」
「そんなことは分かっています!」
そもそも、これは失敗するはずのない計画だったのだ。
「私はっ、この娘と恋人をただ幸せに付き合わせようとしただけですよっ!?」
「その為にまず、娘を社会に対して反抗的な立場にさせ、恋愛脳にさせたよな」
びくりと肩が震える。
「……仕方がないでしょう。そうでないと、あの人の魂を写し取らせることや、恋愛関係というドラマを作る事が出来なかったのですから」
「反面、お前の魂を写し取らせた恋人は特に行動を起こすでもなく、ただひたすら娘のアタック待ちにしていたな。……愛されている実感でも欲しかったのか?」
く、と嘲笑され、顔が熱くなる。
「だからってこんな……!」
「そうしてお前は関係性の進み方を遅々とさせ過ぎた。
それにより、世界の変化を進めるだけの歯車機構が、悲鳴を上げた。結果、負荷が集まり、壊れ、その歪みが娘のもとに集まった。そこにリフジンがぶち込んだ害悪がうまくハマった。それだけのことだ。
安心しろ、ユーカはじめ大抵の管理人は一度はする失敗だ」
「……」
世界を動かすには、人物を動かす必要がある。
しかし、人物の行動を直接操作することはできない。できるのは、性格を付与し、状況を調整し、本人が自分の意思で動くように仕向けることだけだ。
ならば、最初から必要な性質を与えておけばいい。
それで今回は恋愛脳という性質を付加してみたのだ。
人間関係の衝突で生まれる苛立ちを恋心に認識誘導することで、素直なあの人のコピー転生体は『恋に落ちて』くれた。
そのコピー転生体は、恋愛感情を行動の中心に据え、多少の障害があっても好意を自覚して突き進めるようになった。
恋愛感情を育てるためには、他者との交流も必要だろうと考えた私は、そこで、大人しく控えめな双子の妹も追加した。
姉妹の関係性があれば、娘の感情に変化が生まれる。正義感や荒っぽさも一緒に育ったが、まあいいかと思った。
さて、その恋に落ちる相手だが、それは私のコピー転生体である。
温和。嫌味眼鏡。私を私たらしめる要素を人として作り上げ、大好きなあの人のコピーと添い遂げさせる世界を私は作ろうとしたのだ。
順調だった。
あとは告白だけだった。
告白当日までは。
「……なぜ、リフジンが出てくるんですか」
「リフジンのコピー投入に気付かなかったお前が悪い。勉強になったな」
「本っ当に最悪なんですが……!?」
画面には、リフジンのコピー転生体の人物情報が表示されていた。
気性が荒く、衝動的で、暴力への抵抗感が薄い。
あの子の転生体とは些細なことで口論になった。正義感の強いあの子は、リフジンの振る舞いを見過ごせなかった。リフジンはリフジンで、相手が引かないことを面白がり、喧嘩に発展した。
そして、あの子は惨たらしい目に遭わせられ、殺された。
「……あんまりでは?」
「そうだな」
「告白がうまくいった当日ですよ!?」
「だからこそドラマチックだな?」
「人の心がないんですか!?」
「そんなものあったところで役に立たん」
マドエは鼻で笑った。
頭を抱えた。
確かに、あの子の転生体には恋愛脳を付与した。正義感も、荒っぽさも、必要以上に育てた。リフジンの転生体のような危険な人物が同じ箱庭にいることも知っていた。
それでも、告白成功当日に死ぬことがあるだろうか。
「お前が都合よく調整しすぎたのだ」
マドエは箱庭をあちこち見物しながら言った。
「恋愛感情を強め、正義感を強め、行動力を強めた。ついでに妹まで用意して、感情が育つ環境も整えた。お前は、あの子という人間を作ったつもりで、実際には自分の望む展開を起こすための条件を積み重ねたにすぎん」
「……」
「だが、条件は条件だ。お前が期待した結果を保証するものではない。正義感が強ければ、危険な相手に立ち向かうこともある。荒っぽければ、喧嘩を避けられないこともある。恋愛脳だからといって、恋人候補のところまで無事にたどり着けるとは限らん」
「それは……そうですが」
「そうですが、何だ?」
「それにしても、あんまりじゃないですか!?」
「それでも、その『あんまり』のお陰で霧からエネルギーは得られたようだぞ」
マドエは平然と言った。
言葉に詰まった。
箱庭は、私のために用意された舞台ではない。
人物たちは、彼の望みを叶えるためだけに存在しているわけではない。
それでも、自分が手を加えた人物が、自分の意図から外れたところで死んでしまうというのは、想像していた以上に堪えた。
箱庭の中では、物語が続いていた。
私の転生体は、静かに壊れていった。
彼は温和な教師だった。嫌味を言い、相手をからかい、表面上は穏やかに振る舞う男だった。
けれど、その人脈と知能を、復讐に用いだした。
そして。大人しく、控えめで、姉の後ろを歩いていた少女もまた、姉を殺した者たちを許さなかった。
二人は、それぞれのやり方で復讐の道を歩み始めた。
望んでいたものとは別の物語がそこにあった。
「……修正できませんか」
「何をだ?」
「せめて、死亡する直前まで時間を戻すとか……」
「……それなら一旦、箱庭を複製しろ」
「複製?」
「ああ。こうして……こう」
マドエは箱庭をとりまく霧をむんずと掴み、捏ね、何かを操作するかのような手つきをし、そうして―――同じ箱庭を作り出した。
「並行世界。これで、このまま進んだ世界と、やり直した世界をどちらも進めるんだ。どちらかが枯れてももうどちらかを生かせる」
「枯れること前提ですか」
「管理者が愛しきれなくなった世界は壊れやすいからな。
だが、壊れかけだからこそ美しく、大量にエネルギーや、輝ける魂を生み出し、他の箱庭に転用できる場合もある。禍福は糾える縄の如し、と言えば分かるか」
「……幸福な世界だけ産み出してはいけませんか」
「無理だな。それが許されるのは、不幸な成り立ちから始まった世界を幸福にしていく場合くらいだ」
言い返したかった。
だが、言葉が出てこなかった。
マドエの言い方は腹立たしい。何もかも分かっているような顔をして、他人の失敗を面白がっている。けれど、ここではそれがルールなのだ。
「次に同じ失敗をしたくないなら、よく観察することだ。お前が与えた性質が、どこで噛み合い、どこで衝突するのか。何を引き起こし、何を引き起こさないのか。お前が想定していなかったものほど、よく見ておけ。
そして極力自然に調整してやれ。箱庭の人物が出来る限り自分たちの力で生きられるように」
「……分かりました」
受け容れたくなかった。
自分の手が届くはずだった世界で、自分の望まないことが起きたことを。
けれど、壊された方の残骸には、幸福ならばあり得なかった魂の輝きが確かにあった。
一先ずは、こちらの、壊れた方の行く末をもう少し見守ることにした。
それが管理者として正しい判断なのかは分からない。
ただ、ここで目を逸らしたら、私はあの子を二度殺すことになるような気がした。




