世界の調整業務
「この箱庭、そろそろ死ぬぞ」
マドエは目下の箱庭を指差しながら、さも当然のように言った。
「……死ぬ?」
「そうだ。見れば分かるだろう」
「申し訳ありませんが、私にはただの平和な世界に見えます」
「だから死ぬのだ」
箱庭を覗き込んでみた。
緑豊かな大地。適度に発展した街。農村と都市の間には街道が通り、人々はそれぞれの生活を営んでいる。大きな戦争もなく、災害も少なく、人口も安定しているようだった。
「……何か問題が?」
「動きがない」
マドエは吐き捨てるように言った。
「人間が生活している。文明が発展している。つまり、だ。昨日と今日が同じで、今日と明日も同じ。何の変化もなければ、何の波乱もない。停滞だ」
「住民の皆さんにとっては、平和で結構なことでは?」
「住民の都合など聞いていない」
即答だった。
「世界の維持に必要なのは、変化だ。成長でも、衰退でも、繁栄でも、滅亡でも構わん。とにかく動け。動かないものは停滞し、停滞したものは死ぬ。栄養が不足するのだ」
マドエが言うのを合図にするかのように。
世界の輪郭が淡く明滅する。街の光が薄れ、緑の濃淡が失われ、地図の端から色が抜けていった。
「ほら見ろ、始まった。これがエネルギーの枯渇だ。霧から供給されるエネルギーが減っている。世界が動かなくなれば、霧からの流入も細る。いずれ供給が途絶え、箱庭は維持できなくなる」
「……霧……」
「マニュアルを読んだろう?……仕方ない、愚かなお前の為に説明してやろう」
マドエは呆れたように鼻を鳴らした。
「我々がいるこの空間を覆っているものだ。世界の外側にあり、世界の内側にも入り込む。少なくとも、現在のところはな。あれがなければ、箱庭は一つも維持できん」
「その霧自体は、誰が管理しているんです?」
「管理……まあ、ご機嫌伺いなら、俺達がしているな」
マドエは不機嫌そうに眉を寄せた。
「雨や日照や台風や川の流れのようなものだ。
ある程度は俺達もそれを誘導したり、不利益に対し対策することが出来るだろうが、
そもそものエネルギーの発生は意図して招くことなどできない」
「……天災……」
「まあ、そんなものだな」
この空間の管理者たちは、無数の世界の内側を管理している。
しかし、世界の外側にあるものまで管理できるわけではない。
「私は……何を出来るでしょうか?」
「好きにしろ。お前の担当世界だ。……ステータスオープン」
マドエは箱庭を操作し、ステータス画面のようなものを箱庭上部に表示させた。
「壊してもいい。格差をつけてもいい。お気に入りをここに住まわせてもいい。
とにかく変化と個性をつけるんだ。
それさえ達成していれば、このまま霧からのエネルギーが枯渇しても、そのうちまた芽吹く可能性がある」
箱庭のステータス画面には、世界の地図と数値が並んでいた。
人口。資源。文明水準。気候。エネルギー残量。
「……都市開発シミュレーションゲームみたいですね」
「まあ、似たようなものではあるな。
ただこっちの場合はもう少し過激だが。
災害を発生させることもできるし、住民の感情を自然な範囲で操作して凶行に走らせることもできる。
肉体や記憶や人生のすべてを自由に作り替えられるわけではないがな」
「どの程度なら可能なのですか」
「動機や必然性を付加出来ればいい。
大人しい村人に勝てるレベルの獣をけしかけて勇敢さを与えるとか。
ありふれた兵士に危ない草を摂取させて異常な執着心を持たせるとか。
凡庸な王族に、他者を惹きつける華やかさを求めさせて、鉱石業を発展させるとか。
それで面白い流れになるなら、箱庭は息を吹き返しやすい」
「……思ったより、できることが少ないですね」
「ふん。世界の管理者などという大層な名前を与えられたところで、管理対象がつまらなくなっては仕方がないだろう?俺達はあくまで女王蟻にこき使われる中間管理職の蟻のようなものだ」
「ですが、人物の性格を調整することはできるのでしょう?」
「はっ。性格を与えた人間が、与えたとおりに行動すると思うな。性格とは行動の傾向にすぎん。状況が変われば選択も変わる。選択が変われば、その先も変わる。そうして世界が動く」
「なるほど。人物を配置して、あとは成り行きを観察する」
「少しは頭が回るようだな」
試しに一人の住民を選んだ。
街の片隅で暮らす、目立たない青年だった。職業は宣教師。家族構成も経歴も平凡で、特筆すべき能力はない。
彼に、別の箱庭ある人物―――私からコピーした性質を付与する。
人を疑い、時には騙し、そうして―――大事な人を探し続ける。そんな性質。
もっとも、これだけで世界が変わるわけではない。
彼が誰と出会い、何を選び、どんな人生を送るのか。それは箱庭の内部で半ば自律的に進んでいく。
次に天候の管理画面を開いた。
雨量を調整し、少し離れた地域に干ばつを発生させる。
作物が不作になれば、人が動く。食料の価格が変わり、人々の生活に影響が出る。行政が対応し、隣国との交易が増えたり、対立が生まれたりするかもしれない。
そうしたら、そこに救いを求めて教えを必要とする人が出るかもしれない。
すべてを直接動かすのではなく、環境を整え、人物に特徴を与え、変化が生じる条件を作る。
そうして世界を動かすうち、エネルギーが流入してきた。
この路線で合っていたようだ。
必要なのは適切な刺激と、目的意識だ。
そう結論づけ、この人物にとって大事になるだろう人物のコピーも近隣に仕込んだ、そのときだった。
画面の中央に、見覚えのない警告が表示された。
――外部管理者による介入を検知。
「……は?」
続いて、地図の北端に赤い印が浮かんだ。
見知らぬ人物が一人、追加されている。
「これは?」
「リフジが投げ込んだな」
マドエは、皮肉げな顔をした。
「担当世界に、他の管理者がキャラクターを送り込むことがある。本人の許可など必要ない。向こうがやりたければやる」
「……私の担当世界に?」
「そうだ」
「事前の通知もなく?」
「必要があるか?」
「これは取り消せないんですか?」
マドエは鼻で笑った。
「自分の担当世界だから、自分の思いどおりにできる? ずいぶんと甘い考えだな」
「……違うのですか?」
「取り消しても良いが、それだけの変更前の魅力が必要だ。
排除するなら、それだけの理由付けが必要だ」
画面を見下ろす。
追加された人物―ヨウのコピー体―は、すでに箱庭の住民として登録されている。
彼女がどこで生まれ、何をしてきたのか。周囲の人々が彼をどう認識するのか。そうした情報も、最低限の整合性を保つように補完されていた。
役職は、私の設定した人物の所属する教団の、教祖。
それも邪教だ。完璧な強さとカリスマ性を備えているのにラスボスみたいな役職。
「……災害でも起こして排除してはいけませんか?」
「構わん。だが、十中八九失敗すると思っておいたほうがいい。
災害を起こすためのエネルギーが枯渇するだろうな」
「……物事を動かせば正義、ですか。
それでは、管理者同士の争いが際限なく続くのでは?」
「続くこともある。そうならないように調整する者もいる。好き勝手にやる者もいる。面白がって眺める者もいる。好きにしろ」
「……秩序というものは?」
「必要なら作れ。お前が管理しきれる範囲でな。有用ならマニュアルに残せ」
「……」
この場所には、管理者同士を縛る絶対的な規則が少ない
「……つまり、私は自分の箱庭を維持しながら、他人の介入にも対応しなければならないわけですね。なかなか、厄介な仕事ですね」
「嫌なら辞めて、記憶を消して箱庭の住人に戻るか?」
マドエは笑った。
傲慢で、意地が悪く、他人の困惑を見ても手を差し伸べる気配がない。
「……ふっ、それは、最後の手段にとっておきますよ」




