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並行世界管理組合(仮)

「では、ここのいかれたメンバーを紹介してやろう」


 マドエは尊大に言った。


 案内される側の私を気遣う様子など、微塵もない。自分の研究室を見学に来た学生に、実験器具の説明でもしてやるような態度だった。


「まずはジミヤ。現在の暫定責任者だ」

「どうも」


 連れていかれた先に居た男が、気の抜けた声で手を挙げた。

 男は箱庭から顔を上げ、にこりと笑った。


 地味で、平凡で、これといって特徴のない男だった。

 前髪は重めで、髪の隙間から少し鋭い目つきが見えたが、人畜無害そうに見える。

 数時間後には思い出せなくなっていそうなほど印象が薄い。


 なのに、妙に余裕があった。


 何かを諦めた人間の余裕というべきか。あるいは、何もかも知っている人間が、わざわざ説明する必要を感じていないだけなのか。


 口元には薄い笑みが浮かんでいる。


 そのくせ、目の奥にはどこか寂しそうな色があった。


「……こんにちは、更生です。よく考えこむ気質と言われます。」

「うんうん、よろしくね。困ったことがあったら、マドエに聞くといいよ。僕より詳しいことも多いから」

「当然だ。俺が把握していない事柄など、そう多くはない」

「うんうん頼もしいね、マドエ。新人くんをその調子でうまく育ててあげて」


 ジミヤは笑った。


 ふむ。

 暫定責任者。つまり、正式な責任者ではない。

 それなのに、マドエは彼を責任者として扱うことに異議を唱えていない。ジミヤもまた、マドエに対して遠慮がない。

 上下関係が単純ではないのだろう。

 あるいは、上下関係を定めたところで意味がないのか。


「次、俺。俺はマドエ。見ての通り、この職場のブレーン担当だ。

 ジミヤに招かれてここに来た。

 実験的な行為が好きだ。お前の箱庭で異常発生したらまず俺を呼べ」

「マドエは人相と性格は悪いけど、なんだかんだ助けてくれるよ」

「お前に言われたくない」

「おっ、新入り? よろしくな!」


 勢いよく飛び出してきた男に、私は一瞬だけ身構えた。


「こいつはリフジン。俺が招いた。そのことをよく後悔するくらいには下劣で低能だが、『推進力』『変革力』『破壊力』においては右に出る者が居ない」

「おお、ぶっ壊すことなら任せてくれよなぁ!」


 リフジンの声は大きい。動きも大きい。表情はころころ変わるし、初対面の人間に対する警戒心も薄そうだった。

 馬鹿なのだろうか。


「新入りお前、名前なんだっけ?」

「更生です」

「更生!覚えたぜ!」


 思考より行動が先に出るタイプ。衝動を抑えることより、衝動に従うことを優先するタイプだ。まるで獣を前にしている時のように、ぴりぴりと皮膚が泡立つ。


「リフジの分身体がいる箱庭は気を付けろ」


 マドエが、私の思考を遮るように言った。


「どうしてですか?」

「あれは放置しておくと、すぐに世界を壊す」

「壊すって……」


 マドエは目を眇め、溜息を吐いた。


「文字通り、破壊神だ。

 あれのコピー転生体は箱庭の中の存在を虐め倒し、遊んで壊し、抵抗を愉しみ、破壊し尽したらつまらないとあくびして豪快にいびきをかく。

 あれは破壊すること自体に飽きん。お前が手綱を握れると思うなら、試してみるといい。大抵は無茶をし過ぎて抵抗者に殺されるか箱庭を破壊し尽すから、それまでにな」

「ははっ、壊し甲斐のある箱庭作っといてくれよな!」

「黙れ、リフジ。お前の感想を聞いているのではない」


 マドエの声には、相手を黙らせることを疑いもしない傲慢さがあった。

 リフジは少しも気にしていない。

 怒られているという認識がないのか、怒られることに慣れているのか。それとも、怒られたところで自分の行動を変える気がないのか。


「次は……そうだな、ユーカ」

「ひゃっ、ひゃいっ!?」


 箱庭の合間を縫って進んだ先。次に紹介された女は、小柄で小声で臆病で、目の下に隈をたたえて怯えたような声音を出していた。

 彼女は自分の腕を抱えるようにして、ちらりと私を見た。袖口から覗いた肌には、隠しきれない傷がある。


「……よ、よろしく、お願いします……ゆ、ユーカです」

「よろしくお願いします、更生です。今後ともよろしくお願いいたします」

「……え、えっと……わ、私は……こ、ここで、守る仕事、よく、し、してます。

 ゆ、油断するとすぐ、り、リフジンくんが、こ、壊そうとするので……っ」

「あ゛!?おめーだけじゃつまんねー箱庭にしかならねぇし、そのせいで『霧』の栄養殆どもらえなくて枯れかけてんじゃねぇか!」

「ひぃぃぃいっ!」

「おい、あまり虐めるな。邪魔したな、ユーカ」

「は、はい……」


 蚊の鳴くような声を上げてからそれきり、ユーカは目線から逃れるように目を伏せた。

 いや、逸らしながらもいつでも逃げられるようそわそわと体を震わせている。


 見た目だけなら、ひどく不安定な人間に見える。だが、不安定さにも種類がある。感情が外に溢れる人間と、内側で自分を削り続ける人間は、似ているようでまるで違う。

 不用意に踏み込めば、悲惨なことになる。そんな空気を感じた。


「あーもー、まぁたアンタら虐めてんのぉ?ちょぉ~↑↑↑ダッサ!!!」

「ヒヨコ、丁度いい所に来た。新人紹介だ」

「こんにちは、はじめまして。更生と申します。よろしくお願いいたします」

「ふぅーん……?なぁんか、いけすかない顔~!

 こんなの連れてくるなんてほんっと、ここの引き抜きってセンスなさすぎ終わってるよねぇ~」


 小柄な少女が、露骨に顔をしかめて嘲笑してきた。


「こんなのとは失礼ですね。初対面の相手に対する礼儀というものを、ご存じないので?」

「うっさい!あたしは別に、あんたに認められたくなんかないし!」

「それは幸いです。私もあなたに認められるために来たわけではありませんので」

「なっ……!」


 ヒヨコは頬を膨らませた。

 分かりやすい。


「ひ、ヒヨコちゃん、ありがと……♡」

「……ふん!別にあんたの為に来たわけじゃないんだから!あたしがムカつくから来ただけなんだからねっ!」

「うん……♡」

「因みにヒヨコはユーカに招かれてここに来た。

 ユーカは俺達に囲まれて毎日泣いてたからヒヨコが来て比較的情緒安定してよかったと言える」

「あんたらのあたしに全部背負わせるようなスタンスもどうかと思うけどねっ!」


 彼女はべー!と舌を出し、ぷいと顔を背けた。

 ツンデレ、お節介焼き、生意気、クラスのボス女子―――そんな言葉が頭を過る。


「騒がしいね」

「次にヨウだ」


 その男を見た瞬間、私は無意識に背筋を伸ばした。

 整った顔立ち。隙のない身のこなし。穏やかな微笑み。相手を安心させるような声と、こちらの反応を見落とさない視線。


「完璧超人、と言うのが一番分かりやすいか。

 大抵のことは何でもこなせるから逆に自分がクリア出来ない問題を愉しんだり縛りプレイを所望する異常者だ」

「初めまして、更生くん。先程から遠くから話は聞こえていたよ。これから一緒に働くことになるんだね。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「そんなに固くならなくていい。君や君の転生体の人生は幾度か箱庭の外から見ていたから知っている。今後の活躍も楽しみにしているよ」


 優しい言葉だった。

 だが、私には、その言葉の中にわずかな傲慢さを感じ取れた。


 その余裕は、ジミヤのものとは違う。


 ジミヤの余裕が、何かを諦めた果てに残った空白だとすれば、ヨウの余裕は、何を与えられても自分なら処理できるという確信から生じているように見えた。


 私は微笑みを返しながら、彼の目を見た。


「よく完璧とは言われるけれどね、それはともすれば弱点でさえある。

 ヒヨコちゃんに招かれてここに来たはいいけれど、僕では冗談を言うことも場を和ませることもそんなに得意じゃなかった。だから、僕も招いたんだ。この子をね」


 そう言って、ヨウは箱庭の中からにゅっと何かを摘まみ出した。


「おいおーい、ヨウさんよ、俺今憑依中だったんだけどぉー!」

「悪いけど今ちょっと新人さん来たから挨拶してもらっていい?」

「しょうがないっすねー。はいはーい。どうも、ゲビちゃんでーす」


 軽い声とともに、男がひらひらと手を振った。


 明るい髪。人懐こい笑顔。距離の詰め方が妙に自然で、警戒される一歩手前のところを心得ているような振る舞い。ホスト崩れのような容姿で、ちゃらちゃらとした空気と光を振りまいている。


「更生くんじゃーん!うける、ついにこっち来たんだ~!いやー、しっかし直に見ると真面目そうな顔してんなあ。こういうとこ、肩肘張ってると損するよ? 適当にやろうぜ、適当に」

「ご忠告どうも。あなたは適当にやりすぎて損をする側に見えますが」

「おっ、口が回るねえ!いいねえ、そういうの好きだよ」


 ゲビはけらけら笑った。

 私の皮肉を、侮辱ではなく会話の種として処理したらしい。

 調子が良くて厄介な男だ。


「以上だ」


 マドエは、紹介を終えると満足そうに腕を組んだ。


「これで最低限の顔と名前は一致しただろう。あとは仕事内容を見て学んだり、マニュアルを読むといい。それでも分からんなら俺に聞け。俺が答える意義がないものは無視するから気を付けろ」


 実に傲岸不遜な言い草だった。

 しかし、私は不思議と腹が立たなかった。


「分かりました。ご指導ありがとうございます」


 愛する人と似た、どこか不器用で潔癖な空気を感じたからかもしれない。


「ふん。あまりに使えないようなら、またメタ認知を奪って箱庭に堕とすからな」


 マドエは踵を返した。

 私は、ひそかに息を吐いた。


 まだ何も分かっていない。

 この場所の仕組みも、管理者たちの本当の能力も、自分がどこまで許されるのかも。

 だが、分からないことがあるなら調べればいい。

 調べて、考えて、試して、失敗したなら修正すればいい。


 私は微笑んだ。


 大丈夫だ。この場所でも、やっていける。

 好きに弄って―――――――また、大好きなあの子を、幸せにしてあげよう。

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